Sibling




「また置いて行かれたわ」
「でも追いついただろう」
「いつも追いかけるの、大変なのよ」
 サスケとサクラの前を歩くのはナルトだ。ここにカカシの姿はない。
 六代目就任が決定した途端、かつての恩師は文字通り眠る暇もなく手続きに追われている。少女の師である綱手姫と呼ばれた女傑も、ようやく最後の一仕事だと溜め込んだ書類の山をカカシに押し付けながら始末していた。
 そんな中、カカシ不在の旧七班のメンバーはスリーマンセルとして久方ぶりの『任務』をこなしていたのだ。
 とはいえどナルトはまだ下忍の身分だ。サスケもまた、抜け忍の登録は消えたが下忍としての登録は復活していない。処断待ちの犯罪者だと自称していたが、あながち間違いではない。国際指名手配は消えてはいるだろうが、最新版のビンゴ・ブックにはまだ顔写真が掲載されていることであろう。
「文句を言うならカカシに言え。…こんな任務を振る方が悪い」
「あら、サスケくんはただの『ボランティア』でしょ」
 Eランクという、ご近所トラブルや迷子探しといったアカデミー卒業直後の忍らが受けるそれを、彼らは受けていた。否、正確にはサクラが受けたのだ。ナルトを国外任務に参加させることは今の弱体化した里にとってはリスキーである。また、サスケは当たり前ではあるが現在忍としての資格を持たない。
 だがどうにかして身体を動かしたいという二人の声なき要望に答えようとした結果が、これだ。
 病院に閉じ込めておけばいつ暴れだすかわからない若者二人には迷子猫を十匹見つけてもらおう。カカシが悪戯めいた笑みを浮かべながらサクラに語りかけていたことを彼女は思い出した。
「でもいいじゃない。これだって特例みたいなものよ」
「…それはそうだが」
 あくまでナルトとサスケはサクラの『有志ボランティア』である。Eランク任務であれば、部外者である彼らが遂行しても問題にはなりにくい。その判断を下したのはカカシであったが、どうやら二人はあまり感謝していない様子であった。
 サスケらの目の前を歩くナルトも久々に走り回って満足感を得ることはできたのかもしれないが、任務内容に満足しているはずはない。片腕しかない彼らが猫を追い回し、追い詰め、サクラが捕獲する。半日走り回ってようやく任務が終わったのだ。
 しかし、二人の『リハビリ』に協力したサクラ自身も今回ばかりは不満を抱えていた。
「せっかく三人で追いかけようとしたのに、二人とも先行っちゃうんだから」
「手分けしたほうがいい」
「そういう問題じゃないの!」
 せめて話し合ってからしてちょうだい。
 男二人が飛び出し、サクラとカカシがサポートに回る。それが旧七班の常ではあったがサクラは不平を告げた。
「言ったでしょ、追いかけるの大変なんだって。…毎回」
「…悪かった」
 どこか重みのある言葉にサスケは肩を落とした。
 いつもいつも。
 いつだってサクラは二人を追いかけてきた。霧隠れの鬼人らと戦った昔も、死の森で彷徨い歩いたときも。二人が命を顧みず敵に飛び込んでくれたおかげでサクラは生きてこれたのだ。その事実が苦々しく彼女は二人の前に盾として時に立ちはだかることもあったが、最終的には追いかける側になっていた。
 追いついたと思っていた今も。
「…いいわよね、男の子って」
 サクラは足を止めた。
 あとは彼女が火影が元に報告に向かえば終わりだ。黒猫、白猫、三毛猫。外国の珍しい種類の猫。金持ちの家から逃げたその猫らを追い回した半日を振り返って彼女は顔にわずかながら影を落とした。
「いきなりどうした」
「あなたとナルトよ。…何も言わなくてもお互いのこと、わかるんでしょう?」
 転生者だものね。
「…」
「きっと生まれ変わっても…二人は一緒にいれるもの。羨ましい限りよ」
「…お前、何か勘違いしてないか?」
「ん?」
 サスケはため息を吐いた。
「確かにアイツはアシュラの転生者で…オレはインドラの転生者かもしれない。だが、それは初代火影とマダラも同じだ」
「そうね」
「けどオレたちは初代とマダラじゃない。転生したかもしれないが…『うずまきナルト』と『うちはサスケ』以外の何者でもねぇよ」
「…」
「何十年も先か…何百年も先か。いずれまたオレたちの死後にアシュラとインドラの転生者が現れたとしても、それはオレたちじゃない」
 それはナルトが以前、六道仙人の前で告げた言葉と同じであった。
 柱間とマダラ、そしてナルトとサスケ。皆アシュラとインドラという呪われし宿命に絡め取られた兄弟が生まれ変わったと言われてきた。だが、だからといって彼らが直接兄弟であった訳ではない。
 兄弟のような絆はあったが、柱間にも、マダラにも実の兄弟がいて各々悲劇をたどったのと同じように、ナルトとサスケも各々に『転生者』という括りから逃れても二人の間には絆があったことに違いはない。だから、とサスケは言った。
「カグヤが封印された以上、二度と転生者は現れないかもしれない。だが、未来に転生者が現れたとしても、そいつらはそいつらだ。オレたちでもなければ初代火影たちでもない」
 そして彼は言葉を切った。
「だからこのいのちかぎりだ」
「サスケくん…」
「…オレたちには、お前がいた」
「!」
「オレがイタチの月読から解放された後…病院の屋上でナルトと戦ったこと、覚えてるか?」
「え…えぇ、もちろん」
 サクラとしては思い出したくもない記憶ではあるが。
 給水塔を二人揃って破壊したあの日の出来事だ。弁償代は確かこっそりカカシ先生が負担したんだっけという場違いなことを思い出していたが、サスケは、「お前がいてくれてよかった」という、サクラが予想だにしていなかった言葉を発した。
「サクラが間に入ってくれなきゃ…カカシがどうせ止めてただろうが、どうなっていたかわかったもんじゃない」
「…」
「それから里を抜けたとき」
 またしても思い出したくない過去だ。
「お前が追いかけてきてくれて…嬉しかった。あの頃のオレは…つながりを全て断ち切るつもりだったが…最初に来てくれたのがお前で よかっった」
「それって…!」
「あと」
 サクラの追従をサスケは遮った。「お前がオレを殺す気でいてくれたこと。十尾を相手にした時も、カグヤと戦っている時も…お前がオレたちと共にいてくれたこと。…それが、今までの転生者たちとは大きな違いだった」
「…サスケ、くん」
 珍しく饒舌だ。
 『今まで』長い間まともに言葉を交わすことがなかっただけに、一年分は喋ったのではないかという考えすらよぎった。
「オレたち三人は…転生者二人とお前じゃない。うずまきナルトと、うちはサスケ。…そして春野サクラ。他の誰でもない」
 少し先で、ナルトが大きく手を振り名を呼ぶ声がする。
 ぶんぶんと恥ずかしいほどの行為をしてみせるのは柱間でもなくば、もちろんアシュラでもない。うずまきナルトだ。仕方ないとばかりに、しかし満更でもない表情でサクラの先を歩くサスケはマダラではなく、インドラでもない。背にうちはの紋を背負ってはいるが、彼の親友は柱間ではない。
「あ、もう待ってよ!」
 サクラは走り出す。「ね、カカシ先生に報告行ったら…三人でラーメン行きましょうよ。私お腹すいちゃったわ」と彼女は笑った。
「いいってばよ!そういや、まだ一楽のおっちゃんに報告行ってねぇしな!」
 友達と仲直りできたって!ナルトは限りない笑顔だ。
「アンタこないだ誕生日だったんでしょ?プレゼント渡せなかった代わりに、今日は私とサスケくんがおごるわよ」
「本当!?さすがだってばよ!」
「オレは何も言ってねぇぞ」
「あら?無職のサスケくんはトッピング代も出せない?」
「…ふざけんな!」
 わずかに耳を赤らめてサスケは声を上げた。
 あはは、とナルトとサクラは揃って口を大きく開けて笑い声を立てる。
 このいのちかぎり。
 きっとインドラとアシュラには二人をつなぐ女の存在はいなかったであろうし、マダラと柱間の世界は彼らで完結してしまっていた。『次』の転生者たちの間に笑う少女はいたとしても、それはサクラではない。
「いいわよ、文無しサスケくんに免じて、私が二人分おごってあげるわよ」
 サスケくんは出世払いでツケておくけれど。
 サクラの声に、再び三人は笑った。


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