緊縛




 縄抜けという技術は『忍術』以前のものである。
 少しばかり修行を積んだ名ある家出身の子供ならば誰であろうと簡単なことではあるし、忍者学校を卒業する頃には大半の子供達が身につけている初歩的な技術である。太い縄であろうが細い縄であろうがコツさえ掴んでしまえば至極楽なものだ。子供であればあるほど身体は柔らかいため、よくサクラはいのと競って縄抜けをしたものであった。
 だが。
 それは単純にもっともシンプルな巻かれ方をした際に限る。無論時間をかければどんな部類の縄であれ脱出できるのではあるが、
「ちょっと…これ、やりすぎじゃない?」
 なんていう代物から逃げ出すことは難い。
「忍らしく抜ければいいだろう」
「そういう話じゃなくって…」
 一体どうやって片腕で拘束を完成させようとしているのか、とサクラは疑問符を頭に浮かべた。
 ひと段落した仕事帰りの彼女がベッドで微睡んでいると長い縄を持ったサスケが現れたのが十分ほど前である。嫌な予感しかしなかった彼女であるが、好きにしていいわよという面倒くささが先行した言葉を投げかけてしまったのが間違いだったのだ。
 黙々とサスケは口と足と右腕を使って縄に結び目を作り、サクラの首にかけ、股をくぐらせたあたりで一度声を上げて止めたことは覚えている。だが聞く耳持たない男はそのままサクラの薄っぺらく疲労して弛緩した身体を器用に片腕で転がしては縄をかけていった。
「これじゃ寝れないじゃない…」
 サクラが額に手を当ててぼやいているうちにもサスケは亀甲の形をその腹に二つこしらえた。
「寝かせるつもりはない」
「サスケくんと違って…私、疲れてるのよ」
「知ってる」
 そうじゃなくてさぁ。
 ごろごろとベッドの上を何度も転がされながらサクラは拒否する気力すらなく、されるがままに縛られていった。
「サスケくん…」
「いいから」
「よくないわよ」
 片腕でどこまで器用に作業ができるかという名目で実験台になることを是としたのはサクラ自身である。故にあまり非難の声を上げられないとは思っていたものの、それにしてはサスケが縄をかけていくことに熱中し始めたため彼女はむくりと自由が利かなくなりつつある身体を起こし、その手で縄を止めた。
「いいって言ったのはお前だろう」
「それはそうだけど」
「じゃあ寝てろ」
「…なんの意味があるの」
「……リハビリ」
 サクラは抗議を諦めた。あらかた胴体にかけた縄で次は腕を縛ってやろうというサスケの魂胆もすでに分かっている。思い切り縄をぶち切るか、縄抜けをすればいいだけの話ではあるが、その行為すらもはや面倒くさいのだ。
 背中に回させた細い手首に縄をくるくるとかけ、うつ伏せになったサクラの腰にのしかかりながらサスケはその口と右手でうんざりしているサクラの腕を縛り上げて見せた。やりきったという達成感に溢れたサスケの表情はなんとも間抜けなものである。ちらりと視線をやったサクラは見たことを後悔し、「サスケくん…きっとあなたも疲れてるのね」と口にした。
「今のサスケくん、すごく子供っぽい顔してるわよ」
「一仕事終えたんだ。当たり前だ」
 口をわずかに尖らせる愛しの男はむっとした表情で続いてそのままサクラの腕から腰を伝い、かたちのいい尻へとその手を這わせた。
「…スケベ」
「縛るだけで終わる訳ないだろ。お前こそもう子供じゃないんだ」
「終わるような顔してたのに」
「オレも男だ」
「こういうのが…好きだったのね」
 特殊嗜好の持ち主だとは思わなかった。するりと臀部の谷間に侵入してきた骨ばった感覚にわずかに上ずった声を思わず漏らしながらも、何度目かになる諦めのため息をついてサクラは「もう好きにして…」と疲れ切った声音でつぶやいた。


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