かくれんぼ




「みぃつけた!」
 少女の軽やかな声が上がった。
 広大な森の中に響くその嬉しさが滲んだ声音の主はサクラだ。彼女が語りかけた目の前の茂みには、一見したところで何も異常は見当たらない。だが、しばしあってから「ちっくしょ〜」という少年の声が聞こえるや否や、ガサリと茂みの中から橙色の衣服が飛び出した。
「アンタ、隠れるの下手なのよ」
「そうかぁ?」
「周り見なさいよ。馬鹿の一つ覚えみたいに茂みに隠れればいいってものじゃないわ」
 点在する茂みの数は少ない。格好の隠れ場所としか思えないその場所を選んだナルトはあっさりと居所をサクラに知られ、今に至る。子供じみたかくれんぼの罰ゲームは一楽のラーメンである。
「サクラちゃんってば、それでも茂みは周りにたくさんあんのに…」
「あんたのチャクラ分かり易すぎるのよ」
「チャクラ?」
 バカね。
 サクラは茂みから顔を出した少年に呆れて笑いかけた。隠れるつもりならもっと普遍的な場所に、そして気配を消しなさい。アカデミーの授業のようにサクラの言葉にナルトはただただ頷いていたが、ややあってから、
「そういえばサスケは?」
 と聞いた。
 れっきとした修行である。
 カカシから言いつけられた内容がかくれんぼなのだ。当のカカシは不在なのだが、その間に三人がかわるがわる鬼となってこの広い森の中でかくれんぼをしろという内容であったのだ。最初の鬼はサスケであった。
 一回戦はたった30分の間に終わってしまったのだが、見事すぎる手際でナルトとサクラは発見されてしまったのだ。音もなく背後からナルトをトラップにかけて木に吊るしあげたのは、「もういいかい」なんていう決まり文句の3分後。それから20分後にはサクラがてっぺんに隠れていた大木を思い切りチャクラを込めた正拳で揺らし、甲高い叫び声と共に落下してきたサクラをサスケが見事に受け止めて終わった。
 その次の鬼が、サクラであった。
 2分間という猶予のうちに消えていったナルトとサスケを探し始めてたった数分、再びナルトはすぐに見つかってしまった。
「アンタ、戦うのはいいんだけどやっぱりチャクラのコントロールイマイチよねぇ」
 サクラは伸びをして、続く難攻不落のサスケを探そうと準備運動を開始した。
 波の国で散々チャクラコントロールの修行は付け焼刃であるものの積んできた三人だ。一番に見つかったナルトはサスケにもっと修行しろと罵られたらしいが、まさにその通りである。チャクラを用いて立木を駆け上がることができたのであれば、逆にチャクラを周囲と同化させて気配を消すこともできるはずである。
 それでもサクラはサスケにたやすく発見されてしまったのだが、ナルトのそれはひどいものであった。
「もっと『静』に徹しなさいよ」
「い…言い返せないってば…よ…」
「アンタもサスケくんも木登り修行じゃ私の勝ちだったけど、正直サスケくんの気配、なにも感じないわ。……やっぱりすごいなぁ」
「そうなのか?」
「そうよ」
 彼女の周囲には今、ナルトしかいない。土地面積としては広いものの人気のない森の中で人間を見つけるのは容易いはずであった。わざとやもしれないものの、最初に修行の説明をしていたカカシが去っていく気配ですら認識できていたはずだ。
 それがどうしたことか。
 この森の中にサスケがいることは間違いない。だが、しらみつぶしに一人の少年を探していられるほど時間の猶予もない。
「コツさえ掴んだら私も…できると思ったのにな」
「サクラちゃん…」
 スタート地点では勝っていたはずのサクラだが、あっという間に応用でサスケに抜かされてしまったのだ。きっかけさえ掴めばお前は覚えるのが早いからとカカシに言われていたことは覚えているが、こうして身を以て実感してみると歯がゆいものだ。
「ま、ヘコんでても仕方ないしサスケくんだもの。流石にナルトに負けるのは癪だけど…」
「流石にってどういうことだってばよ!」
 どういうこともなにも。サクラはからりと笑って見せた。


 見つからない。
 昼下がりから始まったこのかくれんぼであったが、すでに太陽は西の空に沈み込んでいる。真っ赤な夕焼けが森の中まで差し込んでくることはないが、空が薄墨色となりだんだんと藍へ深くなっていくのがわかる。
 途中からナルトと二手に分かれて必死でサスケの痕跡を探そうとしていたサクラであったが、何をどうやったところで見つかりそうもない。
 始めからそこにいなかったかのように、存在が感じられないのだ。
 サスケに弄ばれているのは分かっていた。数十分おきにナルトではない『誰か』の気配が周囲で現れては消えていく。その主がサスケであることに間違いはないであろうし、事実「まだか」なんていう言葉も少し前に降ってきた。
「どこなのよ…サスケくん」
「コォラサスケ!とっとと出てこいってばよ!」
「あのねナルト。これも修行なのよ。私たちが…ううん、私が見つけなきゃいけないのに…」
「でもでも、カカシ先生ってばタイムリミットは日暮れまでって…」
「だから」
 もう少しだけ。
「待ってなさいサスケくん!必ず見つけてやるわ!」








 日は 暮れた。
 サクラが大見得切ってから10分も経たぬうちにあたりの景色は宵闇に包まれてしまったのだ。
「…オレの勝ちだな」
「………うん」
「泣くなよ」
「泣いて…ないわ」
「嘘つけ」
 ナルトはカカシを呼びに行ってしまった。
 結局、日が暮れてしばらくした頃にやはり音もなくサスケは二人の後ろに立っていたのだ。どこにいたの、と尋ねたときにはまだサクラの瞳には涙が浮かんでいなかったが、「すぐそばにいた」なんて言葉をサスケが返した途端に泣き出してしまったのだ。
 悲しかったからではなく、悔しかったのだ。
 それは流石に鈍感なサスケでも分かったが、かける言葉は見つからない。
「だって…」
「お前さ」
「?」
 サスケは地面に座り込んでめそめそとうなだれているサクラの横に腰を下ろした。
「筋はいいんだからもっと修行しろよ」
「…はい」
「ずっと修行すれば…オレなんかよりもチャクラのコントロールはうまくなる」
「そんなこと…」
「オレの言葉が信じられないのか?」
「まさか!」
 サクラは即答し、がばりと顔を上げた。
「修行すれば、だ。誰だって修行せずに上達する奴はいない」
「……はい」
「…怒ってないからな」
「分かってる…」
「………もういい」
「違うの」
「…」
 ごめんなさい。
 サクラはそう謝った。
 ただただ自分が情けなくなっていたのだ。筋がいいと褒められたとしても、あの波の国で始めた木登り修行からサクラは何一つ進歩していなかった。
 元のポテンシャルを活かしきれていないのだ。サスケはきっかけさえ掴めばあとは修行の鬼である。ずっとそうしてきたのであろう、ただひたすらに毎日毎日任務があろうとなかろうと一人でチャクラコントロールの修行をしてきたのだ。
 才能だけで勝った気になってきたサクラが本当に勝てる訳がない。
 分かっているからこそ、サクラは悔しいのだ。
「私…浮かれてたわ。もっと修行して…サスケくんに負けないくらい、チャクラコントロールうまくなるね」
「オレを越してみろよ」
「サスケくんを?」
「お前ならやれる。ナルトは論外だが…オレよりも才能があるんだ。あとは自分の努力でなんとかしろ」
 見てみればそんな言葉を吐いてくれた少年の頬は赤い。
 励ましてくれようとしたのか、思ったことをそのまま告げてくれたのか。何にせよ気づけばサクラの涙は乾いていたことに違いはない。サクラはにっこりと泣きはらした赤い目を弓なりにしならせて、「ありがとう」とつぶやいた。
「サスケくんに言われたら…私、やる気出ちゃうな」
「…オレに言われたからじゃなくて「自主的にやれ、でしょう?」」
 うふふと彼女は笑った。
「見てなさいサスケくん。今度かくれんぼするときは…絶対に見つからないし、絶対に一番最初に見つけてあげるんだから!」
 おーい、と。
 やかましいチャクラの塊が声と共に近づいてくるのをサクラは察知した。一人分の気配だが、おそらくカカシもいるのだろう。やはり昼はわざと気配を振りまいていたのだ。まだまだ修行あるのみと身にしみたサクラは、隣で同じことを感じたのか少し不機嫌そうな顔に戻ったサスケを見て、やはり笑った。


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