最果て


さ:災禍の底にて(クラウドとティファ)


「こんなところあるの、知らなかったね」
「……そうだな。だが……彼らも敢えて黙っていたんだろう。別に責めるようなことじゃない」
 故郷・ニブルヘイムの姿は変わらない。魔晄によって豊かな自然そのものが吸い上げられた大地は荒れ果て、今も変わらず神羅カンパニーから派遣された『村人』たちが何食わぬ顔で住んでいる。どうやらウェポン襲撃によってルーファウス・神羅の生死が不明となった上にメテオ災害も重なったことから一時はゴーストタウンと化する懸念もあったようだ。
 しかしながらリーブのそんな危惧は杞憂であったという。
「なんだかんだ、ここの人たち……気に入ってくれてるのかな」
 何もないとこだけど。
 ティファは苦笑した。するとクラウドは息を吐いてそれに倣う。
「他に行き場もないんだろう。作物も育たない。神羅の援助もほとんどない。だが……もうミッドガルには戻れないんだからな」
「でも、都会と違っていいよ。静かだし、生活は大変。だけど でも、ここはもう終わった……『もう何も起きない』場所だから」
 少し前にヴィンセントが調査に来た際ひと騒動あったらしいが、それも村人たちが全て寝静まったあとだったという。
 そしてこの地に住む村人たちはもう十年近く前になる事件の概要こそ聞いていはするものの、具体的にこの村で昔どのようなことがあったかまでの仔細は知らなかったそうだ。
 そしてそれはわざわざ教えるものでもなく、単純にかつてセフィロスが焼き払った村であり、クラウドやティファたちはその生き残り。だからどうか今は偽りの村人たちの故郷であっても、家屋は二人の住んでいた当時のものではなくても、邪険には扱わないでほしいということをリーブは伝えたらしい。
 その甲斐あってか当初は訝しげな対応を取られることがあっても、徐々に態度は軟化していった。
 そしてある日教えられたのだ。
 村のずっとずっと奥の方、外からは見えないところに墓があるのだ、と。かつて村本来の墓地があった場所の近くに。
「神羅の誰かが作ったんだろうな」
「……リーブなら知ってるかな」
「聞いてみる価値はありそうだが……」
 一人一人の名前はない。
 ただ、その小さな、けれど小綺麗な墓石の下にはあの日死んだ本当の村人たちが眠っているのだと今の住人たちは教えてくれた。
「パパも いるかな」
「いると……いいな」
「クラウドのお母さんもいるかな」
「だといいが」
 クラウドの母親は家に火を放たれ、セフィロスによって惨殺された。
 あの時はただ、唯一だった肉親を奪われたことに怒り狂ってはいたが、今となって思うこともある。「母さん、黒マントになってなくてよかったって……時々、思うんだ」とクラウドはらしからぬ口調で告げた。
「クラウド」
「ほら、あそこの家に住んでた……」
「うん。覚えてる」
 あそこ、とクラウドは墓所と反対側、少し高くなった場所にある家屋を指差した。
 もう名前も思い出せないが、仲の良い兄妹が住んでいたはずだ。妹はいつも兄の真似事ばかりして、きゃあきゃあとはしゃいでいたっけ。いつも一緒に遊んでいたような関係ではなかったが、それでも狭い村の中だ。何度か一緒に砂場遊びなんてものもした気がする。そして彼らがどうなったのかといえば。
「もし生き残っていたとしても……宝条の実験材料にされていたんだと思う」
「……うん」
 失われたはずの村がまだ健在であったと驚き怯えたあの日。かつてクラウドやティファが各々住んでいた家には違う人間がさも『昔から』住んでいたかのように振舞っていたものだ。そしてあの兄妹が住んでいた家には──。
「仲良しだったな」
「うん」
「……俺、何もできなかった」
「……そうだね」
 子供サイズの黒マントが二人。
 あの家には『それ』がいた。リユニオンを唄い、体の小さな方がそれに倣う。まるで仲の良い兄妹のようにあの黒マントは床を這い、絶望するクラウドたちの前を悠々と通り過ぎ、山へと向かった。その後どうなったのかは誰も知らないが、リユニオンを果たし傷ついたジェノバの本体と一体化したか、その前に力尽き死の山・ニブルの谷底へと落ちてしまったかだ。
 自分の母親が、そしてティファの父親も『そう』だったかもしれないと思うと身の毛もよだつ。
「今度 聞いてみるか。あの二人がどうなったか」
「うん。誰も知らないかも……だけどね」
 ようやく前を向けるようになったのだ。
 不安なこと、分からないこと、これからのこと。
 たくさん考えているうちに身動きが取れなくなってしまったが、それももうおしまい。セフィロスはもうとっくの昔に死んだ、あの魔晄炉にクラウドが突き落としたあの日に、それか神羅屋敷の地下で発狂したあの時に。そこから先の歴史でセフィロスの顔をして出てきたのはジェノバだ、あんなものをセフィロスとはきっと呼ばない。少なくともヴィンセントはそう言うだろう。
 それから、エアリスももう死んだ。
 どんな顔をしたって、どんな声で呼んだって、どんなものを見たところで本物の彼女はもうどこにも現れない。もしも彼女の姿を見たとすれば、それはクラウドの──クラウドだけではない、仲間や、そして星に還ったエアリス自身の幻覚である。忘らるる都で見たあの祈りを捧げる姿が、ティファにとってはゴンガガの宿屋で『ちょっと風に当たってくるね』と言って頬を赤くしたその声が、クラウドにとっては昏睡した夢うつつの中で『全部終わったらまた、ね?』と微笑んだあの声が、最期だったのだ。
 頭では理解しようとしていても、心が拒絶していた。
 そんな3年とちょっとだった。
「ねぇ、それより聞いた? この間レノたちがね、ミッドガルの片付けしてたらエアリスの花売りワゴンが出て来たって言うのよ」
「花売りワゴン?」
「昔ザックスと作ってたんだって。で、ザックスがいなくなった後に壊れて……どこかしまっちゃってたみたい。その時のものかは分からないけど……ほら、ウォールマーケットの近くの公園。あの辺りから出て来たそうよ。笑っちゃうよね。メテオのあとは見つからなかったのに……この間のオメガ騒動でまたミッドガルが全部ひっくり返って、そしたら出て来たって」
 神羅の軍用パーツが使われてたとか、あれは見覚えがある、間違いなくエアリスが使ってたものだとか。
 そこいらで魔物と戦ってきたのだろう泥だらけのレノがしかし、少しだけ楽しそうに喋ってくれたのを思い出す。
「初耳だな」
「だってレノたち、お店のお勘定ツケるのにあの手この手で必死なんだもん」
 そのうち全部まとめてツォンかルーファウスに請求するからいいんだけど、とティファはひ弱な花束を小さな墓に捧げた。この墓石たちのどこに父親が、母親が、そしてティファの友人たちや──多くの人たちが眠っているのかは分からない。
「ツケの手数料のつもりか」
「そうみたいよ」
 私の知らないエアリスやザックスの話、そればっかり。
 そろそろ尽きて来たかな? なんて思ってもそんなことはなくて、むしろどんどん増えて行くばかり。話を聞いているだけでもわかる、とてつもなくキラキラしていた世界のお話。
「アイツららしいが……手は抜くなよ、ティファ」
「当然。キッチリ全部記録してるから。絶対に逃さないわよ」
「利子がないだけマシと思うべきだな 奴らは」
「ホント。……でもね、エアリスたちの話……教えてくれるなら。支払い猶予あげてもいいかなぁって思っちゃうのよ」
「……策に乗せられてるぞ」
「やっぱり?」
「あぁ」
 でもいいの。
 ティファは墓石に手を伸ばした。
 元々のニブルヘイムにあった共同墓地は焼かれ尽くされ、この場所よりは若干だが村寄りの広場があるだけだ。ティファがまだ少女だった頃に死んだ美しい母親や、クラウドがまだ少年だった頃に死んだ父親たちが眠っていた正確な場所はもう見つけることなどできない。土を掘り返したところで骨も残ってはいないだろう。
「お店にツケてあるから……深夜でもやってるから。営業時間外でも私がいれば何か作ってくれるから。どんな理由だっていいわ。だって……死んだらもう、来てもらえないから」
「!」
「タークスたちのことは好きじゃないわよ。勝手なことばかりだし……すぐトラブル持ち込むし、汚れた格好のままお店に入ってくるし。たまに本気で手が出そうになるときだってあるけど……」
「……」
 その先の言葉はクラウドにも知れた。
「もう知ってる人が死ぬのは嫌だもの」
「あんな奴らだが……確かに死なれると夢見は悪そうだ」
「でしょう?」
 もう、そんなこと言わないの! とは言わなかった。タークスという厄介な組織に手を焼いているのは事実だからだ。
「この間なんて本当にひどかったからな」
「分かる。ヴィンセントもヴィンセントだけど……引っ掻き回し始めたのはタークスだもの」
「タークスはロクでもないな」
「それ、ソルジャーが言う?」
「俺はソルジャーじゃない」
「はいはい」
「……でも……いやまぁ そうだな。ソルジャーとタークスと任務も行ったことあったけど……」
「けど?」
「ロクでもなかった」
 その辺で昏倒したことくらいしか覚えてないが。
「やっぱり」
 クラウドが一般兵として神羅にいた時のことを話してくれるようになったのもつい最近のことだ。
 あんなことがあって、こんなことがあって。そういえば……とか。
 レノのようにもったいぶって今まで話題にしなかったのではなく、曖昧に曖昧を塗り重ねた記憶の中から『確かなもの』を掘り出すのに時間がかかっているだけ。星を救う旅の合間だって、確実に思い出せたことはきちんと話してくれていた。しかしそれでもまだティファに話していない『ネタ』が出て来るのだから、案外なんだかんだ言いながらも一般兵生活だって楽しくやっていたようにすら見える。
「楽しいこともちゃんとあった」
「うん」
「……もっと 話せばよかった」
「うん?」
「母さん」
「……そっか」
「そういうことを話すのは……格好悪いと思ってた。あんだけソルジャーになるって出て行ったのに……ただの一般兵だったし」
「でもお母さんきっと、クラウドのことならなんでも知りたかったと思う」
「あぁ」
「別にクラウドがソルジャーじゃなかったからって関係なかったよ、きっと」
「……あぁ」
「……もっと おしゃべりすればよかったね」
 父さん、母さん、それから村のみんな。ティファに意地張らずに顔を見せればよかった。
「後悔ばかりだ」
「そうね。でも……私も一緒。もっとママと話しておけばよかったって、もっとパパとお話して……クラウドとも。一緒に遊びたかったな」
 でもそれってね、パパとママが生きてても一緒だと思うの、とティファは続けた。「旅の仲間のみんな、だけじゃない。デンゼルだって……みんなみぃんな。大事な人がいなくなってから思うの」と。
「……結局どれだけ話をしていても……もっと話せばよかった、なんて言いそうだ」
「そういうこと」
 きっとね。ティファはそう言って立ち上がった。
 霞がかかった空の果ては見えそうにない。もともと青空という言葉からは縁のないニブルヘイムだ、どんよりとした曇り空、どんよりとした空気、そして枯れた大地。お世辞にも豊かとは言えない──神羅の手がなければとうに廃村となっていた場所。それでもクラウドとティファにとってはここが故郷だ。
「昔のニブルヘイム……写真くらいは残ってないかな」
「写真?」
「ジェノバ・プロジェクトの本拠地だったし……魔晄炉もある。それなら建て替えられる前の写真も神羅に残ってそうだが……」
「それも聞いてみよっか」
「また仕事が増えるね」
 元・神羅カンパニー都市開発部門統括にして現・WROのリーダー。ルーファウスの後ろ盾があるとはいえ実質的な世界組織を率いているのはリーブだ。昔のプロジェクトの写真だとか、昔の神羅がやった、リーブは直接関わりのないことを多忙な彼に調べてもらうのは少しばかり後ろめたさがある。
 しかし、少しばかりだ。
「コーヒーチケットじゃダメかな」
「サービスしすぎじゃないか?」
「そう? じゃあタダ券じゃなくて割引券にしちゃお」
 お金はいっぱいあるもんね、大事なのは気持ちよ気持ち。
「……今度 花、持ってくるか」
「お花?」
「エアリスの花」
「……うん」
 幸い旧・伍番街にあった教会は今も無事だ。ミッドガルの中心部は完膚なきまでに破壊されてしまったが、辺縁部は今もかたちは残している。場所によっては魔晄濃度も高く人の立ち入りも制限されているが、あの教会だけは今回のオメガ騒動でも無傷だったようだ。
 きっとあれはエアリスが守ってるんだよ、なんて言ったのはユフィ。
「シドに頼めば運んでくれるかな」
「運び屋さんが配達の依頼?」
「……ティファ」
「ふふ。冗談」
 摘みたての新鮮なお花をいっぱい。
 きっとこの村には種を蒔いたって何一つ育たない。可憐な花も、綺麗な花も、命あるものは何一つ。唯一の緑といえば神羅屋敷の温室に咲き誇る花々だが、あれはもはや魔物として生まれ変わりつつあるが故に咲くのだと。つまり自然のかたちではない、ということだ。
「また 来よう」
「うん。今度はお花もいっぱいでね」
 骨の一つすら埋まっていない、思い出だって埋まっているのかもわからない。
 それでも誰が作ったのかも分からない、誰が眠っているのかも分からない。この小さな小さな石くれだけが二人が手を合わせられる場所だ。エアリスのように星へと祈りを捧げるようなこともない。どうか、その死に際しては悲愴と苦痛に満ちていたやもしれないが、星へと還った今はそれらから解放されていますように。願うのはただただそれだけだ。
 ティファはともかく、この先ジェノバという星にとっての『異物』を抱えるクラウドが星へと還れる日がくるのかは分からない。きっと考えれば考えるほど現実は残酷だ。ザックスだって本当に星に還ったかすら、もう確かめる術はない。
「……じゃあねパパ、ママ。また来るね」
 ティファは地面に手を当て、かつてエアリスがそうしたように耳を傾け、星の声を聞こうとはする。けれど耳に入ってくるのはざわざわとした不気味な山から吹き降ろす風の音だけで。そこにいるの? どこにいるの? と尋ねたって誰も返事はしてくれない。
 何色の花がいいかなぁ、なんてそれでもティファは満足したようにクラウドに微笑みかけ、クラウドもまた「黄色がいい」と答えた。



い:依存するは君の夢(ヴィンセントとイファルナ)


 見ない顔だね、アンタもテロリストかい?
 伍番街の外れ、という情報だけではどう考えたって足りはしない。ヴィンセントは最初こそそう思っていたが、案外『そうでも』なかったという結論に行き着いた。目の前に広がる花畑からは今は亡き『彼女』の姿が見え隠れする。そしてそんな彼を出迎えたのは壮年の女性だ。
「冗談だよ。こんなところにまで来るなんて、クラウドの仲間だろう?」
「……えぇ、まぁ」
 エルミナという名前だということは生前、エアリスから聞いていた。イファルナに連れられて神羅を脱走した彼女らを救った女性であり、同時にエアリスにとってはもう一人の母親であるという。
「すまないね、だいぶ散らかってて」
「いえ。誰もいないものだとばかり思っていましたので」
「……神羅の統括さんにね、言われたんだよ。じきにミッドガルはダメになる。今のうちにどうしても持って行きたいものは取りに戻ったほうがいいってね。わざわざチョコボを出してもらったんだけど、タイミング悪かったかねぇ。どこも大停電だし水も止まってるよ」
 既にミッドガルが危険な場所であることには違いないが、確かに大空に浮かぶあの星が落ちて来るよりはまだ状況はいいほうと言える。
 とはいえ今はその中でも『最悪』に近い状況だ。全ての魔晄炉から繋がれた巨大な突貫工事のチューブから吸い上げられた大量の魔晄がジュノンから運ばれたシスター・レイに集約し、魔晄キャノンとして北の大空洞のバリアを打ち破ったのだから。それによりミッドガル全域は急激な出力低下による停電に襲われ、ダイヤウェポンによって本社ビルが壊滅したとまできた。しかしこの女性は大して気にした様子もなく、「何を持って行こうか迷っちゃうね」と笑った。
「カームへ?」
「あぁ。神羅の世話になるだなんて、って最初は思ったけどね。あの統括さんは……いい人じゃあないが、神羅にしては普通の人みたいじゃないか。マリンもすっかり懐いたみたいでね、黒猫のぬいぐるみをもらったって喜んでいたよ」
「……確かに。彼は神羅ですが、信頼には足る人物でしょう」
 これ、とヴィンセントは腰にカラビナでくくりつけていた黒猫のぬいぐるみを引っ張った。
「あぁそうそう、この猫」
「今は寝てるようですが、この向こうに本人がいるようで」
「そうかいそうかい。それで? こんなところに来るなんて、花でも必要になったかい?」
「花……そう、やもしれません」
「クラウドのお使いかい?」
「まさか。彼は今頃……あぁ、ほら。あの飛空挺からミッドガルのどこかに落ちていったところでしょう」
 そう言ってヴィンセントが濁った上空を指さすと、僅かな隙間からではあるが飛空挺の機影が見える。「あんな高いところからねぇ」とエルミナは笑った。
「クラウドはね、エアリスが花の世話してた教会に上から落ちて来たんだとね」
「えぇ。以前エアリスから聞いたことがあります」
「ソルジャーっていうのは高いところが好きなのかい」
「それは……」
 ナントカとカントカは高いところが好きですから、と言うと顔に深い皺を刻んだ女は声をあげた。
「なんだい、アンタも元ソルジャーかと思ったら。そうじゃないんだね」
「私はタークスのほうです」
「おやまぁ」
 それはそれはまた……とエルミナは複雑な顔をした。
 彼女にとってのタークッスとは、エアリスを連れて行こうとする、けれど彼女を守ってくれるスーツの集団。神羅の特殊工作員たちに対して彼女がポジティブな感想を抱いてはいない、ということをヴィンセントはその表情ですぐに察した。
「とはいえ……クラウドと同じ。今は神羅から追われる身です」
「そうだろうねぇ。あのクラウドと一緒にいるんじゃ」
「違いありません」
 それで、話戻るけど。
 エルミナはクエクエと鳴くチョコボのくちばしを撫でてやりなが荷台にいくつかの植木鉢を乗せていく。
 これはエアリスがだいじにだいじに育てた花でね、わざわざ教会に咲いていた花を地道に増やしたんだよ。こっちはいつもタークスの連中にあげてた赤い花で……こっちはどうだったかな、神羅兵に高値をふっかける用の白い花。それは、これは……と聞いてもいないのに女は色々なことを教えてくれた。無数に咲き誇るこの庭の花々は全てエアリスがやってきたあの日から始まったのだと。
「母親を失った小さな女の子のね、手慰みだったんだ」
「……スラムで花が咲くのは……ごくわずかな場所だけだったと」
「そうだね。咲いてたのはエアリスが偶然見つけた教会でね。タネを蒔いたって育つのはここと……教会の中。あとは数える程度さ」
「……」
「で、誰かに会いに来たのかい? ……ここに来たってもう、エアリスには会えないよ」
「……えぇ」
「クラウドが……元ソルジャーが連れて行っちゃったからねぇ」
「……彼を 恨みますか」
「うんにゃ。でも あのクラウドと出会わなければあの子が死ぬことなんてなかった。そう思うのは親として当然だろう」
「そう、ですね」
 ここにはもう思い出しかないんだよ。エルミナは手を止めた。
 命からがら瀕死の母親がなんとしてでも守ろうとした唯一のきぼう。それがエアリス。古代種という稀有な存在であるが故に普通の少女『らしい』生活を送ってくることができず、そしてこの伍番街でエルミナと共に生きるようになっても彼女には不自由させてばかりだった。エルミナの不手際などではない。むしろその中でも彼女はエアリスに最大限の自由を与えていた、つもりだった。
 しかしその結果が元ソルジャーたちとの出会いでもある。
「運命なんてね、信じたくもなかったけど……」
「セトラには……使命があると。そう、言われています」
「セトラ、ね。私には残念だけど神羅の言う『古代種』のほうがしっくりくるよ」
 エルミナが知りうるエアリスに関するほとんどは神羅からもたらせれたものだ。
「セトラも古代種も……大して違いはありません。どちらにせよ彼らは……自らの死期を悟ると、その全てを継承する者へと未来を託し……死出の旅へと赴くと」
「なんだい、回りくどい言い方だね」
「エアリスの父親のことは?」
「神羅の科学者だった、っていうところまではね」
 どんな人だったかは知らないよ、とエルミナは少しばかりいら立ちを見せた。
 するとヴィンセントは首を横に振り、「ガスト・ファレミス。古代種と星命学の権威です」と告げる。そして聞きかじった程度ですが、と前置きして彼は続ける。
「イファルナは……きっと自らの命が尽き果て、その役目がエアリスに移ることを知っていた。だから 危険を冒してまで逃げたのでしょう。彼女はエアリス以上に 星の声が聞こえていたようですので」
「……古代種っていうのは難儀だね」
「もっと大勢いた頃を私は知りません。ですがガスト博士は星詠みのちからを一子相伝のような能力だと そう言っていました。イファルナも そのようなことをかつて言いました。だから……」
「じゃあなんだい、その話なら……」
「エアリスもまた 『次』の詠み手を見つけたのか、それとも星が選んだのか。いずれにせよ彼女は母親の真意を知ったようです。最初はどうであったかは分かりませんが……どこからが彼女の『旅の始まり』だったかはもう 分かりません」
 その『次』が誰であるとまでは告げない。重要なのはそんなことではないのだから。
「……そうかい、そうかい。なんだ……不思議な子だと思ってたけど……なんだかんだ、普通の子だったじゃないかなんて 言いたかったんだけどねぇ」
「母親も……イファルナも、かつてはそうでした」
 己の死期を悟るだなんて。
 とはいえエルミナの夫がもう二度とミッドガルに帰らないことを言い当てたのも幼き日の彼女だ。どうか『普通』の子供であってほしかったというのはエルミナの一方通行の願いに他ならない。彼女はそして、家から少しだけ離れた花壇を指差した。
「あそこだよ」
「……」
「どうしたんだい。じっとしてないで、連れていってあげな。……あそこの花はもう、持ってはいけないだろうからねぇ。好きなだけ取って行きな」
 できることならここの花壇ごと全部持っていきたいけどね。
 エルミナの言葉にしかし、ヴィンセントは静かに反論した。
「……エアリスは ここにはいないと」
 あの朗らかな彼女はここには眠っていない。ここに来たって会えないと言ったのはエルミナだからだ。
 しかしエアリスの義母は言う。
「そっちじゃないさ」
 なんて。
「!」
「オンナの勘だよ。アンタ、さっきからイファルナのことばっかりじゃないか」
「……そのつもりは、なかったんですが」
「そりゃあ重症だ」
 するとヴィンセントはややあってから重たい口を再び開く。
「ウータイ戦争に……私も 出征しました。まだ神羅にいた頃です」
 見かけ通りの年齢ではないのであなたのご家族とは違う戦場でしたが、とヴィンセントは付け足した。
 あちらこちらで上がる火の手は忍者たちによる火遁か、それとも警察課の連中が闇雲に放った火か。どちらによるものかは分からないが、とにかくあの日ウータイはひたすらに燃え盛った。海龍・海神リヴァイアサンが全てを押し流さなければ跡形もなく消し炭になっていたほどに。
「……ひどい戦いだったんだろう?」
 エルミナの夫が経験した戦さ場がどうであったかは分からないが、想像には易い。
「それはもう。……死んだ仲間の家族に……報せを送るのも仕事でした」
「そうかい」
「体も確認されないまま何年も経ってから知らせることになったことも 多々。ウータイに体を残して撤退した部隊も多ければ……それを回収し、荼毘に付したのもまたウータイの者たちでしたので。神羅の方では把握が進みませんでした」
「うちみたいな家はいくらでも、か。タークスなんていうのは忙しいね。戦争に行ったり星命学をかじったり古代種を追いかけ回したりしてさ。アンタもツォンたちみたいにイファルナのことを追い回してたのかい?」
「追い回しては……まぁ、似たようなものですが」
「そうかい。でも……守ってあげてたんだろう?」
「……私は……」
「『守れなかった。すみませんでした、あなたの大事な娘さんを』」
 エルミナは息を吐き神妙な言葉を並べた。
 誰のモノマネかだなんて問われずとも分かる。『守るのがオレらの任務だったんですけど』というのはレノ、腕を組んで無言を貫いたのはルードの真似。最初のはツォン? と聞けば、あぁそう、そうだよと女は大きく頷いた。
「そんなことを彼らが」
「神羅が必要としていたのは古代種だっていうのに、タークスの連中もすっかりエアリスに骨抜きにされてたみたいでねぇ。……自慢の娘だよ、全く」
「旅の仲間も皆、彼女に首ったけで」
「アンタもかい?」
「えぇ、まぁ」
 言葉を選ばなければ。
「……アンタ、イファルナのことはたくさん知ってたのかい?」
「…………私が知っていたのは……タークスどもがエアリスについて知っていたのと同じ程度です。きっと」
「でも、エアリスよりはイファルナのことを知っていたんだろう?」
「まぁ」
「その話 ちゃんとエアリスにはしたんだろうね」
「余すことなく、全て」
 最後の純血種だとかいうことはともかくとして、夢見がちでいつか運命の人が現れると信じ続けた少女。それがイファルナだった。
「……ならよかったよ。あの子、自分は家族のことを何も知らないってね。いつも言っていたから」
 するとエルミナは破顔した。  突然現れた自称・クラウドの仲間の不審者に柔らかく笑いかけた彼女は「ほら、行った行った。もうすぐ雨が降るからね、こっちも急いで準備しなきゃ」と言い、ヴィンセントを半ば強引に花壇のほうへと押しやる。
「私は……」
「いいから行きなさい。詮索つもりもないよ。……誰だって いなくなった人には会いたいんだから」
「……」
「その代わり 全部終わったら……聞かせておくれよ。あの子の母親がどんなひとだったかをね」
 ヴィンセントは答えない。
 しかしそれを肯定と取ったのかエルミナは満足そうに頷くと、再びカームへ『救出』する花壇の吟味の作業へと戻っていった。
 どうにもそういった約束の類は苦手だ、とヴィンセントは若干渋い顔をしたがエルミナの厚意に甘え、水源豊かな花壇へと足を進めていく。スラムの中でもこれほどまでに見事な花が咲く場所はないのだという話も以前、聞いたような気がする。
 小さな小さな、白い花。ピンクの花。赤い花、黄色い花。
 だがそれらが咲き乱れるこのスラムの片端も巨星によって破壊され尽くすか、それとも先に神羅がミッドガルもろともに自爆するか。どちらにせよ無傷でいられることはないだろう。
「(君は ここで眠っているのか)」
 そして君は、とヴィンセントはしゃがみ込み、一輪の花に顔を寄せた。
 花のように美しく可愛らしかったあのイファルナという娘だった女が一体どうやって死に果てたのかをヴィンセントは知らない。
 記憶の中にある彼女はエアリスと同じほどの歳で、エアリスと同じような笑顔で、エアリスと同じような顔で泣いて、怒って、そして 真実の愛を見つけて不毛な生よりも満ち足りた死を選んだ。
 声なんて聞こえるはずもない。『星の悲鳴』だなんてものはもしかしたら耳を擘(つんざ)くあの叫びのことを指すのやもしれないが、それだってかつてヴィンセントが奪ってきた命の怨嗟でしかないのだと言われればそこまでだ。もう一度だけでいい、声を聞きたい。もう一度だけでいい、その顔が見たい。もう一度だけ その一度さえあれば、とヴィンセントは届かぬ祈りを捧げた。
 所詮はセトラ、所詮はタークス。
 決して結ばれることもなければ交わることすらなかったはずの存在でありながら彼女は永遠だった。
 その娘が仲間たちにとって──もちろんヴィンセントにとっても──かけがえのない人であるのと同様に、その母親もまた。あの日約束を拒絶してすまなかったと、それでも守ろうとは思った、けれど守れなかった。やっぱり私には誰も守れなかった、なんて多くの懺悔を。それを全て聞き入れてくれた彼女はにっこりと笑うだろう。咲き誇る花の笑顔で、「気にしないで、そんなことくらい」と言って。
 守ろうとしてくれたその気持ちだけでじゅうぶんだよと 彼女なら言ってくれるに違いない。
 けれどそれを その言葉を本物の声で、口で聞きたいのだと願ってしまう。
 すると、


『わたしは ここにいるよ』


 と。
 声が。
 音が響く。
「……イファルナ……?」
 もう一度だけ、という無意味な願いに星が応えたのか、それとも都合のいい夢か、妄想か夢想か、それとも現実からちょっとだけ逃げ出したくなったヴィンセントが作り出した、美しき幻想か。
 けれど耳朶を甘く叩くそれが誰のものか。間違えるはずもない。
『お久しぶりです、主任さん』
「もう主任でもなければ……タークスでもない」
 突然の声に答えた言葉はなんの面白みもなく、事実の否定から。
『うん。知ってる』
「……もう 人間ですらない」
『わたしはねぇ、死んじゃったよ』
「イファルナ、」
『お揃いね ヴィンセント』
「……私は星に還れない」
『知ってる。だから……いつか。きっと、いつか』
 それは決して来ることのない未来の約束。
 だとしても、とぼんやりとした光の輪郭はヴィンセントの目の前に今度は現れた。
 これがどういった絡繰(からくり)のまぼろしであれ、イファルナは全てを見透かしたような声音で『約束。しよう?』と言って細い小指を差し出した。
「君は」
『指切りは嫌?』
 果たされるか否かに意味はない。
 ヴィンセントは問いかけに問いかけで返答する。
「どこへ行けば……君に会える?」
『会えないよ。まだ まだずぅっと。この星は終わらない。このミッドガルが終わっても……ほしは ひとは終わらないから』
「……君が言うなら そうなのだろうな」
『星が終わらないなら……きっとあなたも まだ、だね』
「かもな」
 謝らせてほしい、というヴィンセントにイファルナは首を横に振った。
『謝るようなことは……何もないよ』
「だが」
『約束、守ろうとしてくれたじゃない。叶わなくたっていい、悲しい結末でもいい。それでも……覚えていてくれたなら、わたしは幸せよ』
 いつか産まれる娘を守って。
 それは運命の人との間にか、それとも神羅の手による望まぬものかは分からない。けれどこの星に生まれてくるいのちに分け隔てはないのだから、どうか守って欲しいと。
 もう気が遠くなるほど昔の話をイファルナは口にした。『ありがとう、エアリスを守ってくれて。わたしはもう満たされた。だから 次は自分の心に従って。あなただけの気持ちで歩いて』と。そう言って光の影は揺らぐ。
「従うべき自分など……最早どこにもいない」
 自我を切り分けられ、別の『モノ』と一緒に再びモザイク的に繋ぎ合わさった集合体となってしまった今の自分に、かつてイファルナとの約束を拒否した『自我』などもう残ってはいまい。そう伝えるとしかし、女の影は笑い声をあげる。
『そうかしら。わたしの目の前には、いつものあなたがいるように見えるけど』
 イファルナの姿をした光は白い花を一輪その場で摘み取り、ヴィンセントの目の前へと差し出した。
「……」
『どうせここはもうなくなってしまう。……ねぇヴィンセント? まだあなたは終わってない。だって見えるもの、あなたの中には……とても 黒いものが 残ってる』
「!」
『復讐の怨嗟……悲しい憎悪。なんでもいい、それはあなただけの気持ちでしょう? 他の誰のものなんかじゃないわ』
 綺麗じゃなくたっていい、汚くたって構わない。その気持ちが導く先の未来は明るくなかったとしても、それでも。
「君は……不思議だな。何も言わない」
『言ってほしい?』
 今のあなたについて?
 その問いかけにヴィンセントは頷いた。
「死者側の意見は多少」
『うーん。……自分のいのちを生きて、かな。どうか……自由でいて。ちょっとでいい、幸せであって。昔とは何もかもが違うけれど、今のあなたにだって素敵な仲間がいるでしょう? その仲間たちと……今を生きて、歩いて。それがわたしの願い』
「……仲間、か」
 どこかおかしな自称ナントカに、腕っ節自慢・子煩悩のテロリスト。暖かな毛並みの獣に体温を持たない獣とそれからけたたましい忍者。寝相の悪い飛空挺乗りに……もうここにはいない、スラムの花売り。確かに昔とは大違いではあるが、個性的で自慢の仲間たちであることに違いはない。
『仲間を信じて。きっとあなたの気持ち、頷いてくれる。理解してもらえなくたって受け入れてくれる。だから……約束もできない面倒臭がりの臆病なあなたも、ここまで来たんでしょ?』
「ひどい言い方だ」
『意見を求めたのはそっちですぅ』
 ぷぅ、と口を尖らせるようなヴィジョンと共に、再びイファルナはずいと白い花を差し出した。
 それを手にした途端、花の香りが弾ける。
「あ……」
『また 約束は先延ばしね』
「……今度は泣かないんだな」
『そりゃあわたし、もうお母さんですから』
「イファルナ、」
 君は、と。
 再び顔を上げたヴィンセントはしかし、もう目の前に愛しい影が存在しないことに目を丸くした。今まで記憶通りの声を聞かせてくれていた光のかたちは消え失せていて、目の前には霞みがかった花畑だけ。時折ドォン、ドォンと銃撃のような音が中心地から聞こえてくる。
 それでも体温のない手には押し付けられた、萎(しな)びた美しい白い花。
 立ち上がって見渡せども女の人影はない。少し離れたところでせっせとエルミナが頭を抱えながらチョコボの荷車いっぱいに花を詰め込んでいるだけだ。
 例えそれが負の感情であろうとも、怨讐に塗れ過去にしがみつく哀れな男の最後の蛍火であったとしても構わないとあの女のかたちをしたデウス・エクス・マキナは告げた。ならばそれに従うことこそがこの物語を幕引きへと向かわせる選択肢に違いない。
 エルミナの作業を決して邪魔せぬよう、ヴィンセントは音もなく最後の純血セトラが眠る場所を後にした。



は:吐き出した怨嗟(バレットとリーブ)


「ここによぉ、墓。建てようと思うんだ」
「はぁ」
「……アンタにとってはテロリストだったかもしれねぇし……否定もしねぇ。でも、アイツらは大事な仲間だったんだ」
「……ここはプレートの支柱があったところですよね」
「死んだんだ、アバランチの連中だけじゃなくて……七番街スラムの自警団も、住民の避難手伝ってくれた神羅兵も死んだって。生き残った奴らから聞いたぜ」
「確かに……我々にとってあなた方は憎むべきテロリストだったかもしれません。ですが失われた命を冒涜するつもりもありませんよ」
 いいんじゃないでしょうか、とリーブは微笑んだ。
 髭面の元・神羅重役は黒猫を抱えたままその場にしゃがみ込んだ。瓦礫の撤去は終わらない。プレート崩落の後片付けが終わるよりも先にメテオが落ちてきたのだから。人類史未曾有となったメテオ災害の犠牲者を悼もうという風潮はある。魔晄による豊かな生活と強制的に決別せざるを得なくなった住人たちはミッドガルから次々脱出し、郊外に移り住むようになった。
 メテオが落ちてきてすぐはいつ崩壊するかも分からないミッドガルから死に物狂いで逃げることばかりを考えていた人々もようやく落ち着きを取り戻し、やっと失われた命に対してどう向き合うかと考え始めた頃である。
「エッジのモニュメントみたいなもんはいらねぇんだ。もっとこう……小さくていいからよ。知る人ぞ知る! くらいでいいんだ」
 大きな手を目一杯広げていては、『小さく』なんて思えない。リーブはくすくすと笑いつつ「分かってますよ」と言った。
「僕にできることでしたら協力します、当然です。……でも、注文 一つだけしてもいいですか?」
「おう。当然だ」
「どうか……スラムの住人、アバランチの方々……それだけが犠牲者ではなかったことを覚えていてください。……プレートの住人も少なからず、死にましたから」
 それまでも多くの住民が死んだ。
 アバランチの大義名分に巻き込まれ、深夜眠ったまま死んだ者もいれば。最期までアバランチに『抵抗』し秩序と社会のために死んでいった神羅兵だっていた。そしてリーブの言う通り、あの日七番街のスラムを押しつぶし多くの住民を殺した凶器はプレートそのものだったが、それもまた天上人たちの住まう大地でもあったのだから。
「避難は? してなかったのかよ」
「勿論できる限りのことはしてました。ですが……深夜のことでしたし。プレートの強制パージの決定は僕の意見なんて当然通りませんでした。せめて避難が確認できてから……なんて言うたんですけどね。自分たちの家族はそそくさと避難させた人らもおったみたいですけれど……全員が間に合うはずもありません」
「まだ正確な犠牲者数も出てねぇって聞いたぞ、タークスのやつらによぉ」
「そりゃ、彼らはプレート落とすのがあの時の仕事でしたからねぇ」
 ちょっとばかり棘のある言い方にバレットは驚いた。「アンタでもそういう顔すんだな」と言うと、彼は「そんな悪い顔してました? 失敬失敬」と言って皮肉めいた口元を戻す。
「……ちょっと前のオレならよ、アイツらのことは絶対許せなかったぜ」
「心境の変化ですか」
「さぁな。でもよォ、神羅を一方的に責めるってのは……違う。それを教えてくれたのはあんただぜ、リーブさんよ」
 リーブは深夜になりつつある空を仰いだ。
「ミッドガルは 僕らの子供なんです」
「おう。作ったのは神羅だからな」
「……最初の構想は……僕の 叔父が作りました」
「おう? そりゃ初耳だな」
 叔父なんていたのか。
 そう問いかけるとリーブは「僕とそっくりのお髭の叔父が」と笑った。
「叔父でしたけど、ようさん面倒見てもらったんで……子供もいはれへんかったんで、もう一人の父親みたいなもんでした。神羅製作所を立ち上げた時、プレジデントとパルマー統括、それから叔父さんと。それぞれが夢を抱いて、夢を叶えようと……この都市を作ろうとしたんです」
 誰一人としてひもじい思いをすることのない豊かな世界を、子供たちもまた未来へと希望を抱けるように果てなき宇宙への夢を、そして屋根のない場所で眠る人がいなくなりますように、なんて。夢を抱いた三人の若者によって神羅という組織は最初、在った。それがいつの間にか目的を見失い、人としての道すらも見失ったのだとリーブはぽつぽつと呟いた。
「アンタ……」
「叔父は 心中したんです、あの日」
 プレートと共に。
「七番街の?」
「えぇ。……魔晄についての知識が欠ける中、叔父はプレジデントの手となり足となり、その身をもって魔晄のすさまじいエネルギーを証明したんです。地中を流れるライフストリームはそのままじゃ活用できひん。それを魔晄としてどう加工するか……そう言うことしとるうちに、多量の魔晄に暴露し、魔晄中毒となりはったんですわ」
「!」
「会社の記録にはありませんよ。ただ叔父は……先代の統括は病気を理由に引退し、やがてその座は甥の僕に移った。それが『真実』です」
「でもよぉ、それがどうして……」
「魔晄エネルギーの発見によって莫大な利益を得るようになったプレジデントはそれに執着し……それまで大事に抱えていたはずのものを切り捨てはじめました。パルマー統括も……宇宙になんて目を向けずとも自分たちの足元に無限のエネルギーがあると分かって以来、ずっと冷遇されてましたからね。予算の削られ方とか、多分僕らんとこよりひどかったですよ」
 魔晄炉が囲むプレート都市の完成を目指し、多くの若者がミッドガルへとやって来た。
 職を求めて、或いは安定を求めて。一人一人が各々の夢や希望をもってこの土地へと集まったのだという。もとよりこの地に住んでいた民衆を説得し、プレートが完成した暁には神羅から家を一軒プレゼントします! なんて甘い言葉を投げかけて。それでも立ち退かないものや、様々な理由をつけてグラスランド地方から介入してきた流浪のマフィアたち。多くの思惑が渦巻く中で多くの血が流れて来た。
「聞いたことあるぜ、ウォールマーケットの連中とかはよう、プレート工事のために移住したって話だったのに……いざミッドガルが完成したってスラム暮らし。前よりひどい生活になっただけだった、ってな」
「その通りです。プレート建設に携わった労働者たちは約束を反故にされました。叔父は下請けの会社を都市開発部門として神羅に吸収させましたが……何せ、プレジデントは『全て』を切り捨てはりましたんで。助けられなかった人たちは大勢おりました」
「……ヴィンセントも言ってたな」
「あの人もプレート都市を夢見ていた一人、ですからね」
 ひどい時代だったが、それでも輝いていた。
 魔晄キャノンを破壊するためにミッドガルへ乗り込んだあの日、荒廃する大地と疲れ果てた人波を見てぽつりと仲間のひとりは呟いた。プレートなんて存在しない、どこにいても燦々と太陽の光りが降り注いでいた時代のミッドガルしか知らなかったヴィンセントにはさぞ想像だにしていなかった世界が広がっていたに違いない。
「オレもそうさ。コレルにいた頃は……魔晄炉が全部解決してくれると思ってたぜ」
「世界のほとんどの人はそうでしょう。反対してきたのはコスモキャニオンの……そもそも都市ですらないビレッジの星命学者ばかりです。だから叔父は 逃げなかったんです。プレートが落ちたあの日に」
「そこに繋がるのかよ」
「えぇ。魔晄中毒言いましても幸い家で療養しながら生活はできる程度でしたので。あれだけのことをして……共に夢を叶えようと集めた人たちを無下にして、自分を裏切ったと思いはったんでしょうなぁ、叔父は。真っ先にプレートから逃げるよう連絡されたはずなんに、そのまま残って落ちていきましたわ。同居してた僕の両親だけ逃して自分は……七番街で最初に建った家で、一緒に落ちました」
 ここへ。
 リーブは瓦礫に目をやった。
 叔父が、そして自分自身が育て上げた大事な大事な夢の都。大気汚染・水質汚染・その他諸々の汚染。人々が夢見た楽園なんぞではなかったが、それでもこの都市にかけられた願いは偽物ではない。あの家から決して動くことなく落ちて逝った。それが唯一にして最期の抵抗だったんでしょう。同年代の男が告白する過去にバレットは腕を組んだ。
「……なんだよ。アンタも結局『オレたち』の側じゃねぇか」
「嫌ですなぁバレットはん。最初から僕はそのつもりですよ」
「そうかぁ?」
「えぇ。綺麗事ばっか並べて……相手を批判して。その癖自分たちの悪事は棚に上げてましたからね」
「……なんかまた棘のある言い方だなオイ」
「そりゃ、棘入れましたから。たーんと」
 家族さえ無事ならそれでいいのかなんて大声で怒鳴り散らしたのはいつだったか。リーブがバレットに対して同族嫌悪にも近い感情を抱いていた時期すらあったのも事実だ。
 リーブは懐古しながら「僕はプレート落ちるん、止められませんでしたから。プレジデントと同罪です」とどこか穏やかな声で言った。
「でも努力はしたんだろ」
「努力したって落ちたもんは落ちたんですから。……死んだ人にとってはなーんも関係ありません。命なんて結果が全てですよ。プレジデントが全部切り捨てたもん、叔父が拾おうとしたもん……全部、拾いたかったんですけどね。無理でしたわ」
 メテオ災害だってオメガ災害だって多くの死傷者を出した。それらを全てゼロに抑えられる為政者などこの星にはおらず、むしろ『よくやったほう』ではあるが、それこそ死んだ側の人間からしたら関係ない。
「……ジェシーだ」
 するとバレットは唐突に女の名前を呟いた。
「ジェシー?」
「ジェシーにビッグス、ウェッジ。悪い、ちょっと自警団の方はどこまでの連中が死んだかは今も分からねぇが……あの日ここで死んだアバランチの連中の名前だ」
「アバランチの……」
「ミッドガルを出てよ、クラウドたちとセフィロス追いかけて……最初のうちは思ってたんだ。神羅をなんとしてでも潰さねぇと死んだアイツらに顔向けできねぇってよぉ」
 濡れ衣を着せられ──勿論リーブがかつて指摘した通り、バレットたちアバランチがミッドガルの方々で行って来たテロ活動は決して受け入れられるべきものではないが──未だに七番街のプレート崩落はアバランチの仕業だと信じる者もいる。しかしバレットは最近になってようやく、そう言った誹(そし)りも受け入れるようになっていた。『誰か』を憎むことで喪ったものへの愛情を確かめることができるのなら、憎しみを抱くことでそれが明日へと生きる希望となるのなら。その『誰か』になることを受け入れようと。
 真実は重要だが、絶対ではない。「でも今は 少なくとも『今が最悪じゃねぇ』とはよ、思えるんだ」なんて。
 神羅は倒した、否、自滅した。自らの強欲が星の守護者(ウェポン)を招き、かつて人間が作り上げた天高き鋼のかたまりたる本社ビルは壊滅した。
「それはいい傾向ですね」
「だろ? 今ならアイツらに言えるぜ、お前らが作ってくれた道の先は……ちゃあんと未来に繋がった。そりゃいいことばっかじゃなかったけどよ、こうしてまだ 星は生きてる」
「……星の命を守る。それがアバランチ。ですね」
「神羅を倒すのがアバランチじゃねぇ」
「あなたの口からそんな言葉が出るとは意外です」
「オレも言うようになったろ」
 最近は故郷・コレルに戻り魔晄の代替エネルギーとして注目されている石油燃料にゾッコンだそうだ。油田だ油田だとしょっちゅう騒ぐものだから、ユフィからは『ユデンオジサン』なんて言われていたりもする。
 当然、ドリームエナジーというものはこの世界に存在しない。
 故に石油燃料を本格的に使用する前にかつてミッドガルの魔晄炉管理を一手に担って来たリーブに助言を求めることも多くなった。そのせいあってか、かつて旅を共にしていた頃よりもやりとりは格段に増えた。なんと将来を見据えたエネルギー開発だなんてかたっ苦しい議論を肴に酒を共にすることだってある。
「まぁ僕も、神羅を反面教師にしてぼちぼちやっていきましょうとは思いますけど」
「そっちも言うようになったじゃねぇか」
「今の神羅はルーファウスの私物ですから。若い世代の人たちにはもうついていけませんよ」
 大して年齢も変わらないだろ、と言うとリーブは後頭部をぽりぽりと掻いた。「いやぁ、彼らは若いですよ。考え方も何もかも。プレジデント時代に慣れすぎた僕にはなかなか厳しいです」と。
「でもよ、WROが前の神羅と同じになっちまったら意味ねぇぞ」
「えぇそこは心得ています。……どちらかというと目指すべきはカンパニーではなく……製作所の頃。人々が夢を見ていた時代でしょうね」
 夢だけでは食っていけはしないが、志すだけなら誰も傷つきはしない。
「……古代種なんて……じゃねぇか。ジェノバなんて見つけなければ、な」
「ガスト博士だって最初は純粋な探究心だったのでしょう」
「どこで道を踏み外しちまったんだろうな」
「我々だって既に道を踏み外していないという保証はありませんよ」
「……ここは 原点だ」
「はじまりの場所、ですか」
「七番街のスラムでよ。いつもティファが作ってくれる飯食いながらみんなで集まって……星の命がどうだとか、そんなばっか話してたぜ。会議の後はジェシーのやつ、すぐダーツやりはじめるわウェッジはずっと食ってるわで……緊張感なんて なかったのによ」
 それらの行為が正しかったかどうかなど今となっては関係ない。
 彼らは死んだのだ。
 大いなるプレートに押し潰され──かつてこのミッドガルを生み出そうとした一人の男の命とともに──星へと還った。その事実を忘れないためにも、『なぜ』あんなことになったのか。それを決して忘れないためにも墓碑を作りたいのだとバレットは言った。
 人は忘れる生き物だ。
 決して忘れないと誓おうともいつかそれは記憶の果てへと消えてしまう。けれどここに偶像があれば、記憶の中からだいじにしなければいけないモノを取り出すことだって易くなる。
「お花、もらってきますか」
「花? ……そうだな。七番街じゃ絶対に咲かなかったもんだ、みんな珍しがるぜ」
「そうと決まればクラウドさんたちにもお耳に入れておきましょう。タークスには私のほうから」
「おうおう。でもぜってぇ神羅の名前は入れさせるなよ。金だけ出せ! って伝えておいてくれよ」
「そのつもりです。あ、でも。アバランチの慰霊碑なんて名前も却下ですからね」
「じゃあよぉ……『かつてこの街を愛し、この街の仲間と共に過ごした人々へ』ってのはどうだ?」
「バレットさんにしては えらい詩的じゃないですか。……いいと思いますよ、そういうの」
「へへ。前から考えてたんだぜ。……世界なんてでっかくは言わねぇよ」
 この街が、七番街に住んでいた人々にとっては『世界』だったのだから。
 あの日の夜眠ったまま永遠に目覚めることのなかった多くの人々へ、そんな人々を守ろうとしたアバランチの面々や自警団たちへ。良心を抱き避難誘導に奔走した名もなき神羅兵に、プレート上から地の底へと落ちて行った者たちへ。そんな失われたいのちに対する文言だ。
「せめてここでも花、育てばいいんですけどね」
「……無理だろうな」
 枯れた大地が『元』に戻るために要する時間は莫大だ。
 リーブは手を組み、らしくもない祈りの姿勢をとる。神羅カンパニーの重役としてプレジデントの暴走を止められなかったのは、罪悪だ。どれだけの言い訳を並べたところで意味はない、あんな状況では無理だったなんていう言葉も、そもそもはアバランチの活動が、だなんて。  死んだ人間の前では全てが無価値で無意味な言葉。
 だからどうかただ、安らかでありますように。
 眉間にしわを寄せ始めたリーブの姿を見たバレットもまた、その場に膝をつき届くはずもない安寧を願う声を死者へと捧げた。



て:天高くより(ユフィとレッドXIII)


 ユフィは頭を抱えた。
 こう、ポイゾナとかエスナとか万能薬とか。
 試せるものはとりあえず試してみた。レッドは隣で「いいよユフィ」なんて言ったが、彼女の行為は自分自身が満足するためのもの。石像と成り果てた仲間の父親はしかし、魔法という古代種の叡智をもってしても、ケット・シーお墨付き神羅カンパニー特製万能薬の力をもってしても生身の身体へと戻ることはなかった。
「仕方ないよ。もう随分前のことだ」
「でもさぁでもさぁでもさぁ」
「ユフィ。じっちゃんだって言ってただろ」
 ギ族の毒は呪いの一種。ただの毒消しのようなものでは歯が立たないのだと。そして既に彼の命はこの長い年月(としつき)の中で星に召されたのだと。
 それらを込めた矢を受けたものはすぐにでも昇天してしまうものだが、レッドの父セトは違った。彼は石と成り果てた身体でも生き続け、この切り立った崖の上でギ族を流星の力を持ってして滅ぼした。その怨念は凄まじく、こうして時が経ち完全な石となりセトが生き絶えた後にも薄暗い洞窟の中で決してライフストリームに還ることもなく滞留し、彼らを滅ぼしたセトが守ろうとしたコスモビレッジを。ひいてはコスモキャニオンそのものに復讐する機会を伺っていたのだ。
「なーんか。やるせない」
「気持ちはありがたく受け取っとくよ」
 それらの亡霊を打ち滅ぼしたのはほんの数ヶ月前のことだったが、とても昔のようにすら思えてしまう。
 ユフィは面倒臭いだの薄暗いところは好きじゃないだのシュミじゃないだの──要するに、洞窟内にいかなマテリアがあっても持ち出すなという長老の言葉に──拗ねて同行しなかったのだが、内部での様子やレッドの生い立ちに関する話は後ほどエアリスたちからは聞いている。
「……」
「ユフィ。さっきから何か言いたそうだけど」
「……べっつに」
「本当?」
「…………」
「ユーフィー」
「……」
 真実を教えてくれたブーゲンハーゲンはもういない。
 星の終わりは回避された。どうにかして星の寿命はちょっとだけ延びただとか、むしろ人々が呼び起こしたメテオによって星の寿命は本来あるべきものより短くなったとか、これは神の雷であるだとか。とりあえずの滅びは避けられてはいるが、終末論者たちはここぞとばかりに活発に議論を進めている。『次』はいつか、いつかと。まるであのメテオ災害が大地震の前触れであるかのように、これから先の未来には『もっとひどいこと』が待ち構えているのではないか、だとか。
 ここコスモキャニオンもまた、その姿をかつてとは変えていた。
「もう、ナントカ言ってよ」
「……ナントカ」」
「それクラウドの真似?」
「だってアイツ、ソーサーのゴンドラに二人で乗った時までそんなこと言うんだよ。ソーサーのゴンドラだよ?」
 ありえないと思わない? とユフィが聞いてもしかし、レッドは首をかしげたまま。
「別に言いたくないならいいけどさ」
「……言いたくないんじゃないって。いい言葉が出て来ないだけ」
「そう?」
「そ」
 アタシの父親がそうだったら同じように思えたかワカンナイ。
 ユフィは言葉を飲み込んだ。
 父親、母親、またはそれに類するもの。あの日旅路を共にした仲間たちは次々に口にした。俺の父さんは子供の頃に死んだ。ママはちっちゃい頃、死んじゃったの。ほんとうの母さんのこと全然、知らない。母さんは、パパは。セフィロスに殺された。エルミナ義母さんが死んじゃったらわたし、母さんを喪うの2回目になっちゃう。本当の父さんのことは何も知らないし。
 親父は研究に没頭しすぎた結果墓穴を掘って野たれ死んだ。自業自得だザマァ見ろ。なんてことを言い出すドラ息子も一人いたが。
「どうせユフィのことでしょ。考えたって無駄なことだよ、多分」
「なにそれひっど!」
「だってユフィが考えてうまくいった試しなんて、あったっけ」
「うるせー! 犬のくせに!」
「犬じゃないよ!」
「お手!」
「するもんか!」
 旅の途中、エアリスはよく犬に教えるみたいに芸を仕込もうとしてたっけ。石像となったセトの隣に腰掛け、背に頭を乗せてユフィは呟いた。
「……でも、いいな」
「いい?」
「ここに来たら、お父さんと会えるじゃん」
「本当は入っちゃダメだけどね」
 二度とこの洞窟とキャニオンを繋ぐ扉は開かない。
 そう言ってブーゲンハーゲンは命を鍵とした封印を施し、老人はもうこの星の上にかたちあるものとしては存在しない。つまり理論上は二度と開かない、ということだ。
 しかし当然ながらマテリアハンターを自称し世界のあちらこちらを駆け回りどんな場所だってお宝があればなんのその! とコソ泥としての経験を積んで来たユフィにとってはこのような封印はあってないようなものだ。かつてギ族はこの裏道を辿ってキャニオンを目指したのなら、渓谷の反対側には当然侵入経路はある。
 キャニオンの若長老たちに知れたらトンデモナク怒られそうなことをユフィはレッドに提案し、そしてここまでやってくることに成功した。
「羨ましい、って言ったら怒られそうだけど。でも……ここにいるアンタのお父さんはもう 動かないもんね」
 そして振り出しへ。
 神羅がまた今度新しい金の針シリーズ売り出すらしいし、試供品もらったらまた来よっか。なんて彼女は言う。
「もういいよ。って言いたいけど。でもまぁ……父さんに会いにくるついでなら きっと許してくれるよ」
 この石像の中にもう命は存在しない。
 それは誰が見ても明らかだ。
 エアリスなら、それとも純血のセトラなら。もしかしたらこのセトという命を再びこの星に蘇らせることができるやもしれないと思ったこともあった。しかしそれも過去のこと。いかな古代種といえ星の内側を巡るライフストリームから特定の命だったものを掬い出すことは至難の技であるし、『それ』ができたとしても、その行為は正しいいのちのかたちを捻じ曲げるという意味だ。
 本来あるべきいのちの流れを失った仲間を一人と一匹は間近に見て来た。だから、セトは。
「複雑だよね。ここにいるのに……ここにいないって」
 形見でもない。いわば魂を失った体がそのままのかたちで残っているだけだ。
「でも ここに父さんがずっといてくれたから……オイラたちはまだ生きてるし、こうやって父さんのこと、知れたんだ」
「そりゃ、モノがなけりゃ信じられないもんね」
「モノって言わないでよ、もぉ」
「いやいやガイネンの話だって」
 第三者に聞いただけではきっと信じられなかったであろう。
 セトであった者の石像と、そしてギ族の亡霊たち。
 こうした『ほんもの』の姿が残っていたからこそレッドはかつての真相を知ることができた。やがてレッドがものを理解できるようになった時に封印の扉を開き、名もなき英雄であった父の姿を見せてやるためにブーゲンハーゲンはこの裏道を残し続けた。あの老人ほどの力があれば、亡霊たちもろともこんな場所など物理的に封印することだってできたはずだ。
 それをしなかったのは間違いなく、ナナキというセトの忘れ形見を想っていたからに違いない。
「ま、ユフィの言いたいことは分かるし……きっとオイラは恵まれてる。幸せなほうだよ」
「アタシもね」
「そんなこと言うならケンカやめたら?」
「それと! これとは! 別! 譲れないもんは譲れないよ」
「はいはい」
 それも何度も聞いた。
 レッドは呆れたような、しかし笑いながら適当に返事した。
「……でももし、って。想像したらゾッとするよ」
「……うん」
「親父がもし 神羅に徹底抗戦してたら……多分 アタシはここにいないし、親父も死んでた。そんくらいひどい戦争だったって聞いた」
 色々な人たちに。
 クラウドたちとの旅を通じてようやく本人曰く『少しだけ』実の父親と向き合うことができたユフィはそれを機に彼女の知らないウータイを知ることとなった。普段は縁側でのんびり猫を愛でながらお茶を飲んでいる老婆も、道端の犬と戯れている老翁も。ウータイ戦争が始まった頃はまだ若者の域だったはずが、終わった頃にはとうに年老い、人生の多くの年月を戦火の中で費やして来た。
 そんな人々にほんの少しだけでいい、耳を傾ければ、そこにはユフィの知らなかった故郷の姿がすぐそばにある。
「戦わないのも多分、道だったんだよね」
「ユフィも大人になったね」
「まぁね。ご覧の通り美少女マテリアハンターから美女にランクアップ、そろそろしちゃおっかなって」
「……見た目はなんも変わってないけどね」
「同じ物差しで計るなってのぉ」
 レッドの種族はとてつもなく長命だ。寿命は数百年とも千年とも言われているが、実際のところレッド自身もよく分かっていない。人間よりは随分と年上で、しかし実際生きて来た年数と精神年齢は釣り合わない。もうすぐ生まれて五十年だが中身はユフィとほとんど同じ年頃だともブーゲンハーゲンから聞いたこともあった。
 要するに、子供だ。
「ユフィ、お父さんは大事にしなよ」
「……ぶぅ」
 分かってるくせに、とレッドは喉を鳴らした。彼女が素直にうんと言わないことも分かっていてのことだ。
「たまには帰りなよ」
「……ぶぅー」
「面倒臭かったらオイラ付き合うからさ」
「……言ったな」
「……言っちゃった」
 流れでそんなことを口走ったことにレッドは後悔したがもう遅い。
「じゃ、今から付き合えよ」
「今から?」
「そ。だって別にどっか行く場所とかないんでしょ? どうせ谷にいるか徘徊老人の付き合いか油田親父の付き合いじゃん」
 ヴィンセントと、シド。
 ユフィは二人の仲間のことを話題にあげた。
「だってオイラ4本足だし。バレットが鉱山調べたりするとき、結構役に立ってるんだよ」
「ヴィンセントは?」
「……単なる話し相手」
「あ、そう……」
 他人を拒絶する割には案外寂しがり。それがあの赤マントの本性だ。
「でもヴィンセント、結構お話してくれるもんだよ」
「大人数だとなんも喋らないダンマリのくせにね」
「そそ」
 ユフィとレッドはニッシッシと歯を見せて笑った。
 きっとバレットもヴィンセントもどこかでくしゃみをしているに違いない。
 石になったセトを挟み、ユフィは行儀悪く背中に覆いかぶさるようにのしかかってレッドの上半身を抱きかかえた。人肌よりもちょっとだけ暖かい体温が心地よい。
 ここでもしギ族の呪いがぱっと解けたら怒られそうだね、とユフィが言えばレッドは頷きながらもひんやりとした石の感触が気持ちいいのかすりすりと頬を動かぬ父親の身体に擦り付けた。もうそこから温もりを感じることもできなければあたたかい舌で顔を舐めてくれることもない。
 ぼんやりとした記憶の中では父親にも甘やかされた気もするが、その懐かしい思い出だって憎悪によって塗り替えられてしまった。
 ユフィは大事にしなよ、とレッドは再び言う。
「……努力はする、ケド」
「努力は実践しなきゃ意味ないよ」
「も〜それ、リーブのおっちゃんのウケウリじゃん」
「大人代表のお言葉だよ」
「……お手本にできる大人かってそれは……」
「……また別、かも しれないね」
 言い出しっぺでありながらレッドは首を横に振った。
 したたかなのは確かだ。十代の頃から神羅カンパニーに勤めた男はユフィやレッドには到底想像もつかないような『荒波』に揉まれて来たらしい。バレットたちのようなテロリストでもなく、エアリスのような(諸事情あったが)一般市民でもない。『支配する側』でありながら最後まで庶民の側に寄り添おうとした──結果はどうであれ──男だ。
 聞こえはいい。聞こえはいいが、あの男を大人代表にしてはならない。絶対に。
「アタシあぁいう生き方は無理だな」
「オイラも。堅ッ苦しいし……息が詰まっちゃうよ」
「ほんとほんと」
「……早く大人になりたいけど」
「なりたくないね、あぁは」
 かといって他の大人のように生きたいかと言えば。
 セトさぁん、とユフィは大げさにレッドの真似をして石に額を押し付けた。
 クラウドたちと出会った頃、レッドはとてつもなく頑張って背伸びをした。実年齢と同じような人間だったらどう振る舞うだろう、と。あの頃は大人になりたかった。母親や自分、そしてコスモ・キャニオンを捨てたと思っていた父親のようにはなりたくない。レッドはレッドが信じる『大人』になりたい。そう願いっていたはず、だが。
 キャニオンの長老たちは立派な大人たちだが、世の中は全員そうじゃない。
「なんかやっぱ、大人 すぐにはなりたくないね」
「……しばらくは子供でいいよ、アタシ」
「珍しく同じ意見」
 どこを見回したって自分たちにはちょっとばかり高尚なオトナか、ロクでもないオトナばっかりだ。
 前者代表でもあるセトのもぬけの殻となったカラダを枕に、ホントにウータイ行くの? だとか、行ってもいいけどペットって紹介するのはナシだからね! とか。お子様丸出しの言葉をしばしの間ユフィとレッドは投げつけ合っていた。


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