メテオライト


メ:眼に映るもの(オールキャラ)


 流星を見に行こう。
 そんな言葉だったような気がする、とユフィは回想した。『バケモノ』と形容するにふさわしい姿と成り果てたかつての英雄をうち滅ぼし、リーダーの不在を皆で待とうと言った時である。揃いも揃って傷だらけのなか、どこかさっぱりとした表情でヴィンセントがそう語りかけたのだ。一体どうしたの? とティファが問うても彼は天を仰ぐだけ。光の見えない大空洞の外には果たしてどんな世界が存在しているのか、空を穿つ巨星の姿はどんなに大きくなっているのだろうか。
「それならアタシも見てみたい」
 そんな言葉にユフィは同調した。
 もしもこの世界が今日この日に終わると言うのなら。クラウドを信じていないつもりなど毛頭ない。彼は今頃、星の内側で諸悪の根源であったジェノバを抱えた一人の英雄と対峙していることであろう。そして彼はケロリとした表情で戻ってくるのだと確信してはいるが、こんな機会もう二度とないんだから、と。
「リーブ、ミッドガルの状況はどうなっている」
「プレート上って意味ならあらかたの避難は終わってます。でもま、メテオが直撃したらそれどころじゃありませんけどね。崩落の危険もあるのでスラムも安全って訳ではないですし…」
「要するに打つ手なし!」
「そんな言い方せんといてくださいよ。ミッドガルはまだ神羅だけやのうて地元の自警団やレジスタンスの皆さんが頑張ってはるんですから」
「……避難は終わったのでは?」
 終わってますけど、と黒猫はヴィンセントの肩によじ登った。ただのぬいぐるみであると自称する猫の仲間も王冠が弾け飛び、もげた片耳の根元からは薄汚れた綿が顔を出す。「それでもやることはいっぱいありますからね。まだ社長はんも…死体になっとるかどうかすら、分かりません。なんとかメテオが来る前に瓦礫撤去したかったんですけど」という言葉にユフィはパン! と立ち上がる。
「よっしゃ、じゃアタシらちょっとミッドガル行って来る!」
 なんて。
 突然言うものだからシドは「はぁ?」と叫び、タバコを星の体内へと落とした。しかし同調するように頷いたのはヴィンセントだ。
「私がカオスになって飛べば、まだ直撃する前に間に合うはずだ。だがユフィを連れていくのは賛成しかねる。ケットだけで十分だが」
「……アタシを心配してくれるのは嬉しいけど、メテオが当たったらここにいたってミッドガルにいたって 死ぬのは一緒だよ。じゃあアタシだって見て見たい、これで間に合わないって言うなら『世界の終わり』っていうやつを。終わりじゃないなら……あの星を 見てみたいんだ」
「……」
「それにリーブのおっちゃんはまだミッドガルで頑張ってるんでしょ? 手伝わなきゃ」
「ケット・シー、メテオの地上到達はどれくらいかかる」
 数日前まではまだまだ推定に誤差が大きかったが、ここまで接近していればほとんど正確な値が出ているはずであろう。「私の試算ではまだ半日ほどあるはずだが」とヴィンセントが言えば、黒猫はころりと落ちてしまいそうな首を縦に振った。
「キャニオンの学者チームは半日から一日、ロケット村の宇宙開発部門のみなさんも六時間後から一日やって見てます。諸々不確定要素があるからこれ以上は……」
「要するにまだ『間に合う』ということだ。……ということだ、すまないが……」
「止めても行くんでしょ。いいわよ。私たちここでクラウドを待ってるから」
 そう言ってティファは優しく微笑んだ。
 どうせ、最期の時なのだ。結果がどうであれ、あの巨星は空を切り裂いてやってくる。かつてジェノバと呼ばれる生物がこの星に到達した時と同じように。ならばその瞬間を見てみたいという気持ちは分からなくもない。背後でシドが「オレも見てみてぇが、定員は一人みたいだしな」なんて気を利かせてくれるものだから、ユフィはやったぁ! と声をあげてケット・シーの上からヴィンセントに飛びかかる。
「ほら、そうと決めたら早く行こ! アンタのカオスでも間に合うか分からないんだからさ!」
「…………一応忠告しておくが、見物が目的ではないからな」
 大丈夫。
 ユフィは笑い、応えるようにヴィンセントはその姿を変えていく。幾度目かにもなる変身のおかげで初回ほど驚き転げることはないが、それでも端正な美貌の青年が面妖な悪魔へと変わって行くさまはおどろおどろしい。バリ、と空(くう)を裂く音と共に赤いマントはボロボロの片翼へと変わる。
「これ、飛べんの?」
「実際に重要なのは魔力の方だ。恐らく翼がなくとも……いや、試したことはないが」
「これで落ちたら笑いもんじゃねぇか! ほら、とっとと行けよ!」
「……すまない。本来ならばクラウドを待ち皆で脱出すべきだが……」
「いいって。早く行って、ミッドガルの人たちを一人でも助けてあげて」
「そーそ! 早いところリーブのおっちゃんも助けてあげなきゃ! どーせ避難もしてないんでしょ?」
 そりゃそうじゃないですか! ケット・シーは叫んだ。
「僕は最後の最後まで残りますからね。でもヴィンセントさんたちが来てくれたら心強いことに偽りはないです」
「……決まりだな」
 然ればこそ、今はこれまで。


 星の光満ちる北の大空洞から、一人の悪魔が羽ばたき飛び上がった。



テ:天国への縄梯子(ヴィンセントとリーブ)


「いやぁ、まぁ、すごいことになりましたねぇ」
「悠長だな」
「そりゃもうここまで来ちゃいましたから。やれることは、全てやりました」
 ルーファウスの身体も回収できた。一応死んではいない様子だが、果たして再び以前と同じ生活を送れるかは誰もが絶望するような状態だったという。全速力で夜明けの空を滑ったカオスはぬいぐるみと一人の少女を連れてウータイの言葉で表現するならば『地獄絵図』のミッドガルへと降り立った。
 荒れ狂う暴風に、取り残された人々の悲鳴。大慌てでそこらじゅうを走り回るのは神羅の社員やスラムの自警団。そしてグラスランド地方を根城とするレジスタンス。
「……もう、来る」
「はい」
 雷雲もやってきた。魔晄キャノンに取り残されていた宝条の死体が消滅したことだけが気がかりではあったが、リーブの指摘する通りやれることは全てやった。クラウドたちはどうなったであろうか。そんな物言いたげな視線をリーブに寄越せば、彼は「ハイウインドの中になら『予備』がもう一体おるんですけどねぇ」と言う。
「皆さんが脱出できてたら、なんとかしてコンタクトは取れますでしょうけど。今はちょっと頭ぐちゃぐちゃで無理そうですわ」
 ここに来るまでの間に既にジェノバとの戦いでボロボロになったケット・シーは遂にその動きを止めた。リーブの腕の中で命を失った黒猫のぬいぐるみがくったりと、しかし愛らしい表情のまま眠っている。ヴィンセントはそれを持ち上げると、汚れた毛並みを撫でた。
「修理すればまた動くのか?」
「『この』ケットですか? そうですねぇ、基本的には問題ないとは思いますけれど……言うなれば、僕の意志を無理に押し込みますんで、多少の強度は必要なんですよ。だからまたティファさんに縫い縫いしてもらわんと、ちょっと」
「……ますます分からんな」
 インスパイアというらしい。
 都市開発部門の統括が生まれ持つ能力は無機物に生命を与え、己の意志を反映した自我を与えるという。それが一体どうして彼だけが世界で扱えるのかは分からない。
「鍋とか皿とか……ポットとか、そういうものはダメなんですよね」
「動かすのがか?」
「はい。ぬいぐるみ言うんはきっと、一番イメージしやすいからですね。動いたり歩いたりするのが。……人間の死体も無理でしたよ」
「試したのか?」
 えぇまぁ。リーブは瓦礫の上に腰掛けた。七番街を覆い尽くすプレートはタークスの手によって数ヶ月前崩落し、今頭上を覆っているのはコンクリートの塊ではなく、ジェノバが呼び寄せた新たな星。全くとんでもない発想をしたものだとヴィンセントは笑う。
「あぁしてジェノバもやってきたのだろうな」
「でしょうねぇ」
「…………もしかすれば、人間と呼ばれる種族もかつてジェノバのように侵略し 住み着いたのやもしれないな」
「……セトラを喰らい尽くした、ですか」
「可能性の話だ。太古の昔にやってきた人間のうち、放浪を続けたものがセトラ……そうではないものが人間だとも言われているが、誰もそれを見てはいないからな」
 ジェノバは悪しき心によってセトラと戦い、セトラは清き心によってジェノバと戦った。
 その中庸を保ち、戦うことを避けて逃げ回りどちらにも肩入れしなかったのが現在一般的に『人間』と呼ばれている種族だが、そもそも人間という種族のさらなる祖先がどこからやってきたのかも分かってはいない。砂埃が舞い上がる中、二人の男は並んで肌寒く恐ろしい冷気を纏った風を受けて夜空を見上げた。
「神羅も終わりですね」
「プレジデントもこんな世界を想像はしなかっただろうな」
「あなたがいた頃は……そうですね、ルーファウスはまだいませんでしたね」
「奴が生まれた頃に私は退場したからな。『約束の地』を見つけるなどと よく言ったものだ」
 古代種を捕獲し、星命学者を寄せ集め、無限の魔晄エネルギーを孕む神羅にとってのエデンを目指した男は死んだ。ジェノバとなったセフィロスか、セフィロスとなったジェノバか。どちらにせよ神羅が生み出した人造人間(ホムンクルス)によって殺されたのだ。
 ヴィンセントが神羅製作所にいた頃はまだまだ若く、ウータイ戦争に挙げられるような血で血を洗う悲惨な争いを各地で繰り広げていた。全ては魔晄のため、富のため、権力のため。
「ま、そんなもん どこにもなかったですけどね」
「……そう思うか?」
「神羅にとっての『約束の地』の話ですよ。唯一当てはまるのが……きっと このミッドガルだったんです」
 魔晄があるだけではいけない。
 プレジデントは生前そう言った。
 神羅カンパニーにとっての約束の地とは、潤沢に魔晄エネルギーを吸い上げることのできる果ての大地。かつて世界に遍く存在し、星の声を聞いた古代種ならば魔晄、すなわちライフストリームの湧き出づる永遠の大地の居所を知っているはずだと。
「ライフストリームが吹き出すだけなら、それこそ北の大空洞でも……竜巻の迷宮でもよかろう」
「けれどそれじゃ、魔晄は手に入っても『支配する人間』がいませんからねぇ」
 前提条件としてまずは己が支配する蟻たちがいなくてはプレジデント神羅の望んだ『約束の地』は成立しない。リーブはジャケットの内側からくしゃくしゃになった紙箱を取り出すと、ヴィンセントの方へと向けた。「吸いますか?」
「喫煙者だったのか」
「いえ。僕は吸いませんけど、ビルで社長の捜索をしていた時にレノくんから取り上げました」
「物騒な上司だな。タバコくらい吸わせてやればよかろうに」
「こんな状況だからこそ、ですよ。どこでガス漏れしているかも分からないのに火なんて点けられたら大変ですからね」
「…………そのレノはどうした」
 さぁ。
 リーブは疲れ切った顔で力なく笑った。
「ルードくんと一緒にどこかへ。ま、やることはやってくださったんで、深追いすることもないでしょう」
 どうせ最期の時だから。ギリギリまで救助活動を手伝ってくれていた人員の姿はどこにも見当たらない。地下に避難するか、それともこのミッドガルと共に赤い流星を見つめながら最期を迎えるか。全てはあなたがたの判断に任せます、と言って解散させたのは一時間ほど前。
「お前もそろそろ避難したらどうだ」
「あなたこそ」
「私は死なん」
「そういう問題じゃないですよ。流石にメテオが直撃したら、どうなるか分かりませんよ」
「……どうなるかは分からない、だが 試してみる価値はあると思ってな」
「……死ぬおつもりですか」
 至極冷静を装ってはいるが、しかし一気に心臓が跳ね上がり、ばくばくと耳障りな心音がリーブの鼓膜を叩きつける。宝条を殺した際にヴィンセントは死ぬ方法が失われたことをひどく嘆いた。その光景を思い出したリーブは顔を青くする。
 この修羅場と化したミッドガルへ戻ってきたのも、まさか?
「無駄死にはするつもりはないさ」
「ヴィンセントはん、あなたは……」
「私は星だ」
 星の力を持っている。
 赤いマントを身体を温めるように引き寄せ、リーブの手に握られたままだったレノのタバコを一本拝借する。ライター代わりに指先でファイアを唱え先端を赤らせ、紫煙を土煙の中に漂わせた。マテリアなんかなくとも最早、星そのものから力を引き出すことすら造作もない。「星の力を持つ魔物は……様々な制御機構によって、私の身体で調和している。その均衡が崩れれば私は自我を失い、星の力そのものとなる」と曖昧な説明を独り言のように漏らしながら。
「逆に言えば、制御機構がなければ……あなたは、星になれる」
「アルテマウェポンやルビーの奴らのようなあんな図体は持たないがな、意識だけの『星の力(ウェポン)』だ」
「どうするおつもりですか」
「ホーリーが間に合わなければ代用品で防ぐのみ。どうせやらねば星が喪われると言うならば、試してみる価値はある」
 遙か宇宙から飛来する流星に対して星が持ちうる防衛手段はホーリーただ一つ。その聖魔法すらジェノバによって封じ込められ、遠き大地で今も戦っている仲間たちが憎悪の鎖を打ち砕こうとしているのだ。だがそれも間に合わなければ。
 ヴィンセントは長い髪の毛で視界を遮られながらも、魔物と同化し格段に跳ね上がった視力でハッキリと虚空に浮かぶ赤い星を捉えた。
「……皆さん、怒りますよ。それじゃ エアリスさんと一緒やないですか」
 一人でどうにかしようとして、たった一人で死んでいこうとするなんて。しかしヴィンセントは首を振った。
「分かっていたさ、皆。クラウドを信じてはいるが……最悪の事態が想定できないほど夢見がちな仲間ではない。夢を見て助かったことなど……これまでの旅路ではなかった」
 いつだって現実はとても辛かった。
「分かってて止めなかったとでも言うんですか」
「ユフィ以外はな。そういうことだ、私の最期の話し相手になってもらうぞ」
「そういうことってどういうことですか。……まぁ、ええですけど。ここまで来たらもう止めようもありませんし。でも一応聞いておきますけど、僕は逃げさせてもらえないんですか?」
「逃げるつもりだったのか?」
 意外だとヴィンセントが言ってやると、リーブは苦笑い。
「……まさか。ないですよ、勿論。この目で全てを見届けます。どんな結果になろうが……エアリスさんが、クラウドさんが……星の選んだ答えを、ちゃんと知りたいんです。僕もこの事態を招いた神羅の一員ですからね。せめてもの償いです」
「……あの頃は こんなことになるとは思わなかった」
「どの頃です?」
「私がタークスだった頃」
 それはもう、とても昔のこと。遙か過去の思い出すことすら億劫になるくらいに歴史のページを遡った時間のこと。
 人々はロクでもない暮らしの中で、それでも懸命に生きていた。神羅製作所の本社ビルが突如建設されたことに対する抗議デモを鎮圧する毎日、もともとミッドガル地方に住んでいたならず者集団との縄張り争い、没落したグラスランド・マフィアたちとの報復合戦。今よりも血生臭い世界だったが、それでも『平和』だった。
 人と人とが殺し合いをしただけで宇宙人なんてものはいなかったのだから。
「昔はタークスなんて、制服着ただけのマフィアだなんて言われてましたよね」
「チンピラと言え。とはいえウォール・マーケットの奴らとの違いは社員証を持っているかどうかくらいだったからな」
 それもそのはず、度重なる抗争のたびに有能な人材をタークスに引き抜いていたのだから。社章をつけているかどうかだけが敵味方の判断基準。住人からしてみればタークスとマフィアどもの小競り合いはどっちもどっち、正義も悪もないただの迷惑だったとヴィンセントは言った。
 やがてそれは魔晄炉を確保するためにミッドガルだけでなく世界各地へと広まり、警察課は軍隊を兼ね、気がつけば私兵団が組織された。
「ソルジャーの前身もウータイ戦争で初出だったとは聴いてます」
「警棒の代わりに剣を持っただけの警察上がり兵士だがな。神出鬼没な忍者連中に勝つためにはこちらもある程度武装せねばならなかった」
 ユフィがこの場にいれば怒られそうな話題だ。
 ヴィンセントはくつくつと笑い、短くなったタバコをコンクリートに押し付けた。
「それが今ではアレですよ。ジェノバ・プロジェクトが間違っていたとは言いませんけど……ま、間違いなく宝条博士は色々と間違えましたね」
「ガスト博士が主任のままなら……こうはならなかったな」
「でもそのガスト博士を亡命させたの、ヴィンセントさんなんでしょ」
「……イファルナを神羅から連れ出したのは私ではないぞ」
「そりゃそうでしょう。あなたニブルヘイムにいはったんですから。……タークスがグルになってたんですか?」
 かつての悪行を糾弾され、もとタークスは苦笑いを浮かべる。同じプロジェクトの科学者たちには決して告げることのできない秘密を亡き偉大なるガスト博士はヴィンセントに打ち明けた。彼女を愛してしまった、研究者としてではなく一人の男として生きたいのだと。
 それを聞き入れたのが偶然ヴィンセントであっただけで。
「ミッドガルで彼女を手引きしたのも……偶然タークスだっただけだ。だが当時の総務部長や課長は関わっていない。我々の独断だ。確かにジェノバ・プロジェクトはガスト博士がいなくなってから道を踏み始めたが……それでも、彼をイファルナと共に送り出したことは間違っていなかったはずだ」
「おかげでエアリスさんも生まれましたしねぇ」
「故にセフィロスが生まれたとも言うがな。……人間が何を言ったところで変わりはしない。彼女が生まれたのも、彼が生まれたのも 全ては星の意志だ」
 えらい詩的なお言葉で。リーブはこの際だからと疑問をぶちまけた。
「……あなたも星命学にはかなりのめり込んでいたんですね」
 コスモ・キャニオンの学者たちがよく言うフレーズを口にした仲間にリーブは首を傾げた。全ては運命、宿命、星の巡り合わせ。命の旅路を征く中で誰かと出会い、誰かと別れ、そうして命の物語を紡いでいく。それらは決して誰かの意志によって左右されることはなく、世界を遍く巡るライフストリームによって波間に漂う木の葉のように移ろうものだという。
 やがて星の海へと導かれるその時が来ることすら、意志決定の主人は星自身にある。
「かじった程度だ。めり込んでなどはいない。……正しいかどうかはこの際どうでもいいが、的を得た話ではある」
「じゃああなたが特攻しようとするのも 星の意志ですか?」
「……星の命がそうさせる。今この時に到るまでに救えなかった命や奪った命……それに報いるつもりではないが それでも、最後まで諦めたくはない。この星に生まれ落ちた者の本心だろう」
「自分の命くらい、自分の意志で生き死に決めましょうよ」
「どうだかな。実際……『私』という意志がどこまで残っているかが分からない以上、こうしてお前と話をしている『私』は複数の魔物の意識集合体なだけかもしれぬ。主観的になれと言う方が無理だろう」
 ジェノバの本体を打ち滅ぼしたことにより、身体に絡みついていた鉛のような鎖からは解放された。それはクラウドも同じことで、リユニオンを命ずる主人が消え去ったことを示していた。しかしだからといって体内からジェノバ細胞が消え去った訳ではない。それは在り続けるのだ。
「あなたがそこまで言うなら僕は止められませんけど……いいんですか、ほんまにユフィさんには言わなくて」
「言う必要もないさ。それに、ホーリーが間に合うやもしれないだろう? 本当に間に合わなかった時の悪あがきだ、私は」
「えらい楽観してはりますね」
「……ほしのこえが、聞こえるのだ」
「!」
 それはセトラから受け継いだ唯一無二の能力だった。
 死に征くエアリスが、最後のセトラが自らの滅びと引き換えに星の意志を聞く力をヴィンセントに分け与えたのだ。星の力を持ち、永劫に生きる者。命の限りを持たぬ者。セトラの血筋ではないため、彼女のように受け取った意志を理解することは難く、当然ながら忘らるる都まで赴けど己の意志を星に伝える術は持たない。
 それでも、聞こえる。
「内容は理解できない。だが……それでも 聞こえる。星の声、命の祈り、きっと 星へ還りし古のセトラだ」
「イファルナさんです?」
「……彼女だけではない。これまでの間に死んだ……いや、星へと還った 無数の命だ」
 ザックス、エアリス、ブーゲンハーゲン……それから、顔を合わせたこともないアバランチの面々。
 そんな人たちの声がする。
「えらい大役ですなぁ」
「全くだ。だが、暇つぶしにはちょうどいい」
「その大役を任されたからには、世界は終わらないとでも」
「そんなところだ」
「そんなに簡単なもんですかねぇ」
「生きるか、死ぬか。ただそれだけの話だろう。簡単だ」
 戦場を駆け抜けたあの頃となにひとつ変わらない。
 己の身一つを武器として、例え打ち砕かれようとも『敵』へと飛び込んでいく。その先結果として命の有無が横たわっているだけなのだ。だから何も特別なことではないと言ってのけたヴィンセントにリーブは大きくため息を吐いた。
「タークスって、今も昔もそんなんなんですね」
「そうでもなければやってられん」
 人殺しだけが仕事ではなかったが、人殺しも仕事だったのだ。
 『表向き』の任務として魔晄炉建設に向けた調査として未開のジャングルに調査へ飛ばされたかと思えば、沈静化したはずのマフィアが暴れ出したからといってダウンタウンの下水道で銃撃戦を繰り広げる。「その日生きるのが精一杯だった、文字通り」と彼は過去を回想する。
「だから星と心中しようっていうのも飛躍してると思いますけどねぇ」
「心中じゃない。星は守るさ、するとしてもメテオと心中だな」
「あなたが死ぬのには変わりませんって」
「…………死なないかもしれないだろう」
「……今何を言っても 変わらないですけどね。あなたは死なへんかもしれへんし……そもそもホーリーが間に合うかもしれない。つべこべ言ってる時間なんてもう どこにもないんですね」
「そういうことだ。くれぐれもユフィには言ってくれるなよ、『あと』で厄介だ」
「あと、ですか」
「あぁ。死んだ後でも…メテオを防いだ後でも、どんな『あと』でもな」


 そして。
 「「あ」」
 二人は同時に声をあげた。
 解き放たれたのだ、古代種の祈りが。それは同時に悪夢(ジェノバ)を終わらせる戦士(ソルジャー)が古代種(セトラ)の祈りを解放したことを指し示す。真っ白なひかりが北の大地から一直線に解き放たれ、凄まじい暴風と共にやってくる。

 星の意志が遂に  世界に現れた。



オ:おぼえてるよ、すべてのことを(ヴィンセントとエアリス?)


 星の海へと導いていく。あちらこちら、ミッドガルだけではない。世界中から大樹の根が迸るようにそれらは湧き上がる。
 古代種の祈りが生み出した究極魔法・ホーリーによる防御壁は最接近したメテオを受け止めるには遅すぎたのだ。星を守るはずのホーリーによってミッドガルは荒れ狂い、このままでは星が守られようとも多くの人々が死んでしまう。そう誰もが確信した時だった。
『行こう』
 どこからともなく 声がした。
 どうかしましたか? と瓦礫に固定したロープにしがみ付くリーブの声など聞こえていないかのようにヴィンセントは立ち上がった。赤黒く轟音を立てるなかでもその声は確かに耳に届いた。嗚呼そうかこの声は、彼女だ。
「……ヴィンセント!」
 誰かが導かねばならないのだ。
 膨大な外部からのエネルギーを目指してライフストリームはミッドガルを目指して来るが、それらは道に迷い、既に廃墟と化した街を更に蹂躙していく。プレートを支える柱を折られてしまえば終わりだ。多くの人々がスラムや地下街に避難する中、ホーリーが受け止めたメテオはそれでもまだ止まらず、プレート上部に接するのではないかというほどに星を侵略していた。
「彼女が」
「やめてください、いくらあなたでも死にます!」
「…………死にはしない」
 これこそが、今その時。
 星の防衛本能とも言える意志がライフストリームを呼び起こし、ホーリーと混ぜ合わさって巨星を押し返そうとしている。ヴィンセントは暴風など物ともせず虚ろな表情で瞬きを幾度か繰り返し──そして、目を開く。
 黄昏色に輝く瞳は人間のそれではなく、赤黒い表皮は星の加護を受けし禍々しき魔物の姿。
「ヴィンセント!」
 失われたはずの右翼は高濃度に拡散する魔晄の力によってたった数秒のうちに再生し、数十メートル先で荒れ狂うライフストリームに長い指を向け、軽く弾く仕草を見せる。するとどうしたことか、その淡い輝きを持った命の光は方向をくるりと変えてヴィンセント=カオスの手元までやってきたのだ!
 次から次へとそれらはカオスの周囲を取り囲み、あっという間に翼を持つ星の守護者はライフストリームに囲まれる。それを至近距離で目撃したリーブは腰を抜かしそうになりながらも、あまりに危険すぎる行動に出たヴィンセントを咎めた。「何をしているんですか!」と。
「カオスは命を刈り取り……オメガへと与え、星の海へと還すもの。本来の役割とは異なるが……まぁ、それも構わんだろう」
 声が聞こえるのだ。
 最後にヴィンセントはそう言ったように聞こえたが……リーブの目の前からたった一瞬で飛び立ったカオスが立っていた場所には、物に執着しないヴィンセントがこれまで大切に持ち続けていた赤く長い布切れが落ちていた。




『わたしね、ぜんぶ 忘れない』
 光が囁いた。本当に聞こえるのか、それとも極限状態で己が作り出した幻聴か。そのどちらかともとれる声にヴィンセントは耳を傾けた。
「……それは無理な話だろう」
『うん。生きているうちはきっと無理。でも 星に還ったら、わたしは星になるの。星の記憶をずっとまもるのよ』
 これまで人々が歩いてきた歴史を、これから人々が歩いていく未来を。前後左右の感覚何一つ消え去った中でもヴィンセントには声が聞こえていた。それはエアリス、それはイファルナ、それは名前のないセトラ。いづれ再びこの世界に再臨するために星へ還ったいにしえのひとびとの叡智がライフストリームと共に導かれていく。
「ならば私は この星を守ろう」
 君が星の記憶を守ると言うのなら。
 似たような話をしたことがある、とどこか懐かしい感覚にヴィンセントは小さく笑った。錐揉み回転をしながらミッドガルの茜空を飛び回り、中央に聳え立つバベルの塔たる神羅ビルを直角に飛び上がる。
『ヴィンセントまだはこっち、来たらダメだよ』
「行きたくとも行けない、案ずるな」
『もう、そういう意味じゃないのに』
 怪我しないでね、とか無理しないでね、という小さな意味だったのに。
 光の中で女は笑った。そして『……ありがとう』と言う。
「……礼を言うのは私だ」
『星に還ったあとも……あなたはわたしを守ってくれるんでしょ?』
「私だけではない。クラウドもティファも……皆、君の眠るこの星を愛し、守り、慈しみ……育んでいく」
 それが生まれ落ちた者の宿命、運命、ほしのめぐりあわせ。
 それこそが摂理である。そしてこの世界に生きる者たちは星の一部であり、いつかは星へ還るものであるが故、星の意志はすなわち己の意志。一人の人間が抱いた良心や邪心がさだめを導き、いづれは星の意志として大地へと現れ出づる。意志のかたちはメテオであり、ホーリーであり、ライフストリームであり。
『わたしは……ずっと そばにいるよ。皆が気がつかなかったとしても』
「彼らはいずれ気づくさ。それまでは……どうか 安らかに見守ってくれ」
 きっと約束だ。
 かつて世界を支配した神羅製作所の赤看板の前で赤い翼のタークスだった男は轟音を叫び散らしながらやって来る命の奔流を指先で操り、彼方赤き空に座す天が送りし忌まわしきものが呼び寄せた巨星へと解き放った。


 こえは、もう聞こえない。



ラ:喇叭鳴り響く凱旋の宴(ヴィンセントとユフィ)


 とてつもなく大きな音がした。
 耳元で鳴り響いた突撃ラッパの音は懐かしく、しかしながら鼓膜を突き破るほどの音量だ。
「いつまで突っ立ってんだよ、この徘徊老人! むちゃくちゃ探したんだぞ!」
「ッ ユフィ?」
「『ユフィ?』じゃないよ! もう、人がトイレ行ってる間にメテオが落ちてくるわ、ライフストリームが暴れ出すわ、トイレ出たところでタークスと鉢合わせるわでアタシの純潔返せってんだよ! アイツら手洗ってなかったんだよ? ほんっとありえない!」
「……何を言っているのか全く理解しかねるが、確かにトイレを出て奴らと遭遇したのは災難だったな」
「でしょ? しかもレノのやつチャック全開でパンツ見せて出てくるんだよ。もぉほんとありえない。こんなうら若き乙女の目に思いっきり焼き付けちゃってさぁ」
 黙っていればカッコいい顔してるはずなのにイマイチ残念なんだよねぇ、と忍者娘は世界の危機が過ぎ去った直後だというのに──否、だからこそ突き抜けて明るく言った。泥だらけの顔をくしゃりと歪ませた少女の笑顔は瓦礫の中でもキラキラと輝き、「で、戻ってきたらアンタがいなくてリーブのおっちゃん大慌てだったよ」という言葉には素直に謝罪の言葉が口をついた。
「すまない、君を待っている時間はなかった」
「待つ気もなかったくせに! ったく勝手に何してんだよ! それにリーブのおっちゃんから借りたはいいけど、ラッパって吹きにくいんだね?」
「一朝一夕で吹けるものでもない。……リーブが持っていたのか?」
「そ。ケットにご褒美にあげるつもりだったんだとは言ってたケド、こんな世界の終わりまで持ってたなんてビックリだよね」
 怒りはしたが、本心から憤っている訳ではない。
 ケラケラとすぐに笑顔になったユフィである。ぬいぐるみ用とはいえちゃんと音のするラッパをショルダーバッグにしまい、代わりに彼女は別の『とあるもの』を取り出した。
 これ、忘れ物。
 ユフィが差し出したのは赤い布切れであった。これは? と聞けば再びけたたましい彼女の声。「アンタの頭にくっついてるやつだよ!」と言われ、そこでようやくヴィンセントはいつも額を覆っていたものが失われていることに気づく。
「あぁ、ありがとう。拾ってくれたのだな」
「拾ったのはリーブのおっちゃんだよ。……それ、だいじなものだったの? なんだかんだで大切に使ってるもんね」
 確かにユフィの指摘通り、なんだかんだとこの赤いバンダナはこんな場所まで共にやってきた。意図的に大事に扱ってきたつもりもないが、ユフィに着替え一式マテリアもろとも奪い去られた時であろうとも、アイシクルの峰々で皆揃って雪崩に巻き込まれた時も、神羅に囚われジュノン支社に拘禁されていた時もそれはなぜか手元に戻ってきた。
 手元に戻って来る呪いでもかかっているのか?と思うほどではあるが、そんな『呪い』があるとすればそれは即ち、
「父親の呪いかもしれないな」
「……父親? それ、ヴィンセントの……」
 その通り。ヴィンセントはあの憎たらしいほどに清々しさを伴った偉大なる科学者の笑顔を思い描いた。
「親父の形見だ」
「おや、じ……」
「なんだ、その顔は」
 ううん、なんだかとっても意外で。
 似つかわしくない単語にユフィは足を止めた。親父、おやじ、オヤジ? 自身に父親に対する呼称が思っていたイメージからかけ離れていたものだから。
「私とて生まれた時は人間だったぞ。父と母の間に生まれた、正真正銘お前と同じ人間だった」
「それは分かってるよ。ただ……なんか 不思議なだけ。ヴィンセントってお父さんのこと嫌いじゃなかったっけ」
「グラン・グリモアとかいう科学者はな。何度生まれ変わっても……あの男だけは許し難いが、憎んではいない。子供の頃はよく遊んでもらったから、一概に悪い父親でもなかったが」
「ふぅん? じゃ、アタシとお揃いだね」
「……かもな」
 否定はしなかった、できなかった。物心つくまでの間にも、それからも父親からたっぷりの愛情を受けて育ったと言う自覚は両者ともに共通していた。ユフィは忍術を、ヴィンセントは狩猟の技術を教えられ、世界中の摩訶不思議な童話を寝物語にしてくれた。
「なんだかんだ言ってもオヤジだしね、恨んでるとかはないんだけど」
「……たとえ子供であろうとも譲れないものはある、ということだ」
「そーゆこと」
 ユフィが思い描く『譲れないもの』とヴィンセントの回想するそれは大きくかけ離れている。しかし重要なことは内容ではなく、子には子の言い分がある、ということだ。親は親である前に一人の人間で社会的な立場を背負っていることと同様に。「戦争を続ければもっと死人が出てたっていうのはアタシも分かるし」と彼女は続ける。
「ゴドー氏の判断は間違ってはいないだろう。お前が納得するしないは……」
「子供の領分、ってね。そういうアンタはどうしてお父さんと喧嘩したのさ。っていうかアンタもやっぱり反抗期とかあった訳?」
「あまりに昔のことで覚えてないが……まぁ、そうなる。あの男は私の父親であることよりも科学者としての欲求に従っていただけだ、それを糾弾するのは……お前の言い方を借りれば、『子供の領分』ということだ」
「仕事人間?」
「どちらかというとアレは仕事というより趣味のような……」
 世界中放浪してばかりで家にはほとんど寄り付かなかった父親。だが珍しく帰ってきた日には様々な手土産と共にたくさんの話を聞かせてくれていたから、家族を見捨てたつもりもなかったのであろう。家族も愛していたし、世界も愛していた。科学者としての己と父親である己をイコールで結びつけていたから故の行動だったのだろう。
 ぼんやりと浮かび上がってきた真っ白な歯の父親のヴィジョンをヴィンセントは首を横に振って消し去ろうとした。
「…………ヴィンセントでも苦手な人っているんだね」
「お前ほどの歳になってからは関わりたくもなかったな」
「そういう年頃なのかねぇ」
 それは今のお前だろう。
「何にせよ他人の家庭に口を挟むつもりはないが……折角当の神羅が倒れたのだ、後腐れがないように『親孝行』するといい」
 意味ありげな言い方にユフィは視線を逸らし、「アンタは後腐れあったんだ」と尋ねるのではなく確認するような口調で告げた。
「仲直りなぞする前に死んださ。私が……ニブルヘイムの任務へ出立する日の明け方に訃報が届いた。その何ヶ月か前に会社のサロンで話をしたのが最期だったな」
「事故?」
「あまりに科学者らしい、な。余計なものに興味を示して首を突っ込み……人間の触れてはならない部分に手を伸ばした。因果応報だ」
 父親が死んだと聞かされた時、不思議と涙は出なかった。どれほどわだかまりがあろうとも父親は父親であり、幼い頃には身に余るほどの愛情を注いでくれた無二の男親であったのだ。しかしながらすっかり片付けたデスクに向かって身を伏せて仮眠を取っていた彼が聞いた報せは驚くほどに平坦であった。先ほどユフィがかきならした突撃ラッパのようなインパクトなどどこにもなく、ただ、もう二度と過保護な父親には会えないという事実だけはすぐに理解できた。
 同行した助手によって報告を受けた上層部がせめて出発前にと報せてくれたはいいものの、魔物に襲われたため死体もなければヴィンセント以外の親族もその頃にはいなかったものだから、葬式もしなかった。淡々と死亡届を提出し、莫大に抱え込んでいた遺産が機械的に使いもしない息子の口座に振り込まれて それは終わった。
「……星命学者だったんでしょ。見たら驚いたよね きっと」
 こんな光景を。神羅が生み出した神の御子が引き寄せた災いの果てを。ユフィがそう言うとヴィンセントはこくりと、小さくだが確かに頷いた。
「生きていれば……どれだけ年老いても、世界を歩くのをやめなかったはずだ」
「会ってみたかったな」
「なに、死んだら会える。星に還ったときにでも探してみろ。私とよく似た顔のグリモア・ヴァレンタインという男をな」
 世界の終わりを乗り越えた夜明けを背後に、どこか吹っ切れた様子で互いに遥かな父親に想いを馳せながら二人は駆け寄ってくる仲間たちの姿を視界に捉えた。



イ:勢いよく、解散!(オールキャラ)


 焼け野原、とはいかなかったが。
 ようやくハイウインドに乗ってミッドガルへ到着したクラウドを出迎えたヴィンセントとユフィ、そして壊れたケット・シーを抱えたリーブは惨状をバックに、泥だらけにながら笑顔を浮かべていた。
「クラウド、遅かったじゃん!」
「悪かったな。少し手間取ったが……しかし、これはひどい状態だな」
「まだマシだよ。メテオの被害って言うよりも……ライフストリームの方がすごかったしね。それでもどこかの馬鹿なヴィンセントのおかげで被害は最小限って感じ」
「……また何かしでかしたのか、アンタ」
「ただ道筋を示しただけだ」
「それをしでかしたって言うんだよ、陰険カオス! リーブのおっちゃんにも謝れよこの野郎!」
「どういうことだ?」
「…………言葉の通りだが……ライフストリームがミッドガルで迷っていた。それを正しくメテオまで運んだだけだ」
「その言葉の意味が分からないよ、俺は」
「いずれ分かるさ」
 興味なさそうに無口だったガンマンは耳の背後をぽりぽりと引っ掻いた。ユフィの言葉通り、ミッドガルを瓦礫の山に変えてしまったのはメテオによる爆風だけではなかった。ホーリーによる蹂躙もあったが、その最たる原因はライフストリームそれそのものだと。星の体内から地表へと染み出した生命の流れが神羅を嘲笑うかのようにあちらこちらへと駆け回りメテオを目指した。
 死者に意志はなかろうが、ライフストリームが星に還った者たちの意志だというならばそれは怨恨か義憤か。
「星が怒ってたみたいだ」
 ナナキの言葉にクラウドは頷いた。
「神羅の……いや、俺たちがやったことの代償は大きかったようだな」
「星が滅びなかっただけマシだ。人は何かを手に入れれば……『もっと』を欲しがり出す。これが及第点だと受け入れろ」
 あのときエアリスをジェノバから守れていれば。クラウドがもっと早く己を見つけ出していたら、宝条の狂気をあとたった数時間でもいい、先回りして止められていれば。無限のたらればは全て封印、廃墟と化してしまおうが神羅が滅びようがもうなんだっていい。それこそ星が生き延びたのだから。
「それもそうか……。じゃあ、ここで解散だな」
 突然、リーダーは宣言した。
 話の流れを完全に断ち切り、晴れやかな顔で笑顔を浮かべたクラウド・ストライフは言う。「これで俺たちの旅は終わったんだ。星を救う旅はハッピー・エンド。これからは 彼女が遺してくれたこの星を守れればいい」なんてかっこいいセリフを付け加えながら、しかしながらあまりに唐突すぎる解散宣言にバレットが大声をあげた。
「お前なぁ!」
「でもま、いいんじゃねぇか? ずっとこのままって訳にもいかないしな。一旦ここで解散ってのも悪くねぇ」
 一番に同調したのはシドだ。
「……そうだね。オイラたち、場所は離れていてもずっと繋がってるんだ」
「いいこと言ったなぁレッド! キャニオンまでは送ってやるよ。一度帰る、だろ?」
 その後のことは置いといて。シドの気遣いに獣は低い声で嘶き応える。
「じゃあアタシ、ウータイまで送ってもらおうかな。……って言いたいところだけど、もうちょっとここ(ミッドガル)にいるよ」
「帰らなくていいのか? 親父さん、心配してっだろ」
「さぁね。だけど今は帰るより先に……無茶苦茶になったミッドガルで人助けしなきゃ。ウータイなら被害も少ないだろうし、五強聖もいるしね」
「……だな。じゃあ乗るのはレッドだけか? キャニオン寄るだけなら村まで帰れるだろ。送ってやるとは言ったが、あんな機体の状態じゃあ片道だけしか保たねぇだろうし、しばらくはお別れだな」
 静かになるね、と言ったのは誰だったか。
 私はスラムのみんなが心配だから。俺も一緒に行くよ、ティファ。二人だけにはさせねぇ、アバランチときたら俺がリーダーだからな!
 ミッドガルから最初に旅立った三人は口を揃えてそう言った。あれだけの規模となった未曾有の大災害の被害は一切全容も掴めていないのだ。たとえものを壊すことが役割であるクラウドの手であろうとも借りたいのが現状だろう。
「リーブのおっちゃんは?」
「私は勿論、ここで。社員の安否も確かめなければなりませんからね」
「……こんな時まで仕事か。真面目だな」
 そんなクラウドの言葉にリーブは首を横に振った。「仕事ではありませんよ。もしも……亡くなった社員がいれば、身元を確認してふるさとのご家族にお知らせしなければなりませんから。神羅カンパニーを夢見て地方からやってくる若者は多いんです。それは あなたも同じでしたよね」と。
「優しいのね」
「アンタそんなのでよく今まで神羅でやってきたな」
「最後は怒鳴り散らしてやりましたけどね」
 中年男の恥ずかしそうな笑顔に仲間たちは顔を合わせて笑った。こうして屈託無く笑いあえたのはいつぶりだろう、きっと それはエアリスがいなくなる前、古代種の神殿へと至るまでのこと。しかしそんな時間にずっと浸っている訳にもいかず、折れた槍の残骸を片手にシドがレッドを促した。
「……じゃあね、皆。また来るよ」
「ん。アンタも元気でね」
 四つ足の獣は低空で待機しているハイウインドへとパイロットとともに消えて行く。次に会えるのはいつになるのかは分からないが、きっと近いうちに。そしてティファが長い髪の毛を翻した。いつの間にか端を結わえていたゴムバンドが切れイルカは消えていなくなり、背中のあたりまで髪の毛は短くなっている。
「じゃあ 私たちも行こっか」
「あぁ。……アンタたちはどうする。手分けしたほうが効率がいいだろうが……」
 それでもいいか?と確認する前にヴィンセントは頷いた。
「ここで解散なのだろう。ならばそういうことだ。……私は私で適当にやらせてもらう。星が生きている限りまたどこかで出会えるだろう」
「なんでそんなひねくれた言い方しかできないかな! ま、アンタらしいけど。じゃあアタシはリーブのおっちゃんの手伝いしてあげよっかな。護衛が必要でしょ?」
「ははは、さすがにお代は出せませんよ」
「いーのいーの、出世払いでさ! 神羅の統括に貸しを作るなんて滅多にないんだから!」
 やんちゃなウータイの忍もまた、消えて行く。これから彼女が目にするであろうたくさんの死体や、その家族を探し当てるという気が遠くなるような作業のことを考えると頭が痛くなって来るが、そうも言っていられない。クラウドもティファとバレットを伴って七番街の方向へと歩いて行く。
「また会おう」
 三人が向かう先は旅の始まりの場所。
 一人残されたヴィンセントは背後に聳えたつ神羅の本社ビルを見上げ、やがて力が抜けたようにその場に座り込んだ。



ト:トロイメライ(ヴィンセントとヴェルド)


「派手にやったな」
「主犯はクラウドだ」
 旧友との再会は突然に、なんていう言葉が両者の頭を過ぎる。まるで演劇の一場面のように二人の男は長い時を経て再び巡り会い、ライフストリームの奔流によって破壊され尽くした神羅ビル前に並んだ。
「お前が生きているとは思っていなかった」
「とんだ法螺を。何年か前に屋敷に来ていただろう」
「……お前、ちゃんと起きていたのか?」
「誰が夢遊病だ。お前の老けた顔くらい覚えてるぞ」
 じゃあこれもきっと夢。
 ヴィンセントはすっかり老け込んだ旧友の顔をまじまじと見つめ、「家族は?」と小さく尋ねた。
「娘が一人。美人だ」
「……だろうな。妻はあのときの…」
「受付嬢だった彼女だ。まぁ もう死んだが」
「すまない」
「お前が謝るなんてどういう風の吹き回しだ、明日は槍の雨か」
「今日は流星が降ったぞ」
「それもそうか」
 一体今まで何をしていたのか、どこにいたのか。
 敢えてその話題から遠ざかり二人は他愛もない話に花を咲かせた。今のタークスはチャックをあげる前にトイレから出て来るらしいからきちんと指導しろ、手も洗わせろ。ソルジャー・クラウド率いる神羅の反乱者たちは口が悪すぎる、リーブには慰謝料を会社から払ってやれ、口の悪さと手癖の悪さは特にあのウータイ娘はひどいと聞いた。なんていうお互いに対する文句ばかりではあるが、自然と口元には笑みが浮かぶ。
 二人がまだ『タークス』として最後に交わした会話からは想像もつかないほどに和やかだ。
「…………感謝する」
 そしてヴィンセントは唐突に感謝の言葉を述べた。
「なにがだ」
「ロケット村の連中がメテオ墜落までの試算に協力したのは……お前の手回しがあったんだろう」
「……私だけではないぞ。パルマー統括が幸いにして無傷だったのでな……とはいえ、むしろ私が知りたいのは統括のことだ。無傷だっただの無事だっただの聞いたが、何があったんだ」
「クラウドに喧嘩を売った。いや……クラウドが売ったのか。なんにせよジェノバを植えつけられたソルジャーに吹き飛ばされた上にトラックで撥ねられたはずだが……」
「無傷だったそうだ」
「無傷……」
「あれだけ脂肪を蓄えていたからか、それとも悪運が強すぎるだけか……」
 飲み物にラードをぶち込むような人間である。ともあれ、宇宙開発部門の統括はピンピンしているらしい。しばらくは自宅に隠れ生きていたことを隠していたようだが、神羅26号の打ち上げを目の当たりにした肥満体型の男は再び宇宙への夢を志し、メテオ墜落をどうにか引き延ばそうと躍起になっていたそうだ。
 クラウドらはロケット発射沙汰の頃にはもう時間がないと寄り道せずにまっしぐらだったため気づかなかったようである。
「メテオが失われてもロケットもなければ神羅もないだろう」
「ま、それはそうだが……どうにかなるだろう。ロケットの夢は兎に角として飛空挺ハイウインドは魅力的だ。今後は別会社として飛空挺開発に心血を注いでもらうさ」
「随分とやる気だな」
「神羅を再建する気はないが、あの村は神羅がなければ全員失業者だ。それだけは避けたい。パルマー統括も人手は欲しいだろうしな」
 あのでっぷりした統括は確かに上に立つ人間としては無能に分類されはするが、技術者として、宇宙への夢を抱いたチャレンジャーとしてはシドの『大先輩』にもあたるような男だ。神羅製作所時代にはプレジデントと共に夢を語り合ったスリムなナイス・ガイだったという都市伝説すらある。
 カンパニーの善悪は関係ない。世界で最も栄えた企業である神羅カンパニーが事実上倒産してしまえば、影響はミッドガルだけではなく世界各地へと及ぶ。ウータイでの暴動再発やジュノンでの海洋開発が放棄されることなども懸念される。ゴールドソーサーも神羅が大部分を出資している以上、経営が揺らがないはずはない。そもそも人々はもはや娯楽にのめりこめる状況ではなくなったのだ。
「あれほどの悪事を働いた神羅がいなくなった途端に大失業時代とはな」
「……悪事を働いたのはその一部だ。カンパニー全てが悪でもないだろう」
「どうだかな」
 少なくとも神羅がまだ製作所と名乗っていた頃には地面を這う人間であったはずだ。それが長い年月(としつき)の中でカンパニーとして名を変え、神に成り代わろうとした結果がこれだ。
「ヴィンセント。お前はこの先どうするんだ」
 ヴェルドはそう訪ね、上着の内ポケットからタバコの箱を差し出した。それを慣れた仕草で受け取ったヴィンセントは本日二本目となるそれに火をつける。数十年も昔はよくこうして二人で喫煙室でたむろしタバコを吸ったものだ。別部署の噂話に花を咲かせたかと思えば、受付嬢が可愛いだの下世話な話もした。
 ウータイでの任務にヴィンセントが失敗するまでその関係は続いていた。
 そんな彼も齢五十。
「人の心配より自分の心配をしたらどうだ? もう老後か? 定年前だろう」
「私もお前と同じ、社の記録では死んでいる。お前のタバコが終わればカームへ帰るだけだ。家も買ったしな。夢のマイ・ホームだ、ローンはまだ残っているが」
「こんな状況ではローンも何もなかろう。それにカームの方もそれなりに被害があるだろうに」
 これほどまでの爆風だ。周囲の建物が木っ端微塵に吹き飛ばされたミッドガルほどではないが、比較的距離の近いカームやグラスランド地方も無傷とはいかない。
「建物被害はそうでもないだろうが、もっとも厄介なのは……」
「沼地を荒らされたミドガルズオルムが襲ってこないか」
「察しがいい。もしそうとなれば娘と討伐して蒲焼にでもしてやるさ。あんなに巨大な蛇の蒲焼なんて世界記録ものだぞ」
「……美味そうだな」
 その時は呼んでやる。ヴェルドはぎこちなく、しかし確かに口の端をにっかりと持ち上げた。
「腹を下しても知らないからな」
 久方ぶりのわずかな語らいを楽しんだ旧友たちはそれから箱のタバコが全て無くなるまで話し続けていた。終わらなかった世界に感謝しながら、再び笑いあえた星の意志に感謝しながら。


inserted by FC2 system