ホープ・デリバリー




 君に栄光あれ!
 最後にレノが聞いたルーファウスの言葉の真意は未だに分からない。そもそも最後に顔を合わせてまともに会話したのだっていつのことだったか。大空洞へ視察に向かって、捕虜をひっ捕らえてジュノンへ向かって……それから? それからは何をしたっけ?
 レノは螺旋トンネルの湿った地面にジュゥとタバコを押し付けて火を消し、言葉を待つ。
「アレが死ねば 僕の言うこと聞いてくれますか」
 そして目の前で神羅の都市開発部門の統括は真顔で言い放った。
 癖の強い重役たちの中ではかなり気性が穏やかな部類に入るリーブ・トゥエスティはしかし、今レノたちの目の前でかつて見たこともないほどの真剣な眼差しで3人を見つめていた。突如としてクラウドとのにらみ合いの中乱入してきたのは一台の大型バイク。
 それを運転していたのはあろうことか今はクラウドのお仲間一行として悪事を重ね続けているヴィンセントというかつてのタークス構成員であり、彼はその後ろにリーブを乗せてきたのであった。
「……リーブさんよぉ」
 全てがメチャクチャだ。
 ジュノンでアバランチ一味やクラウド一行の脱走を手助けしたのは間違いなくレノたちタークス自身でもある。主任たるツォンの命を救ってくれた恩だとか分かりやすい理由をつけて、命だけは、と。
 どうせクラウド・ストライフというソルジャーになれなかった男は魔晄中毒により復帰不可能。運良く発見できたとしても最早神羅カンパニーの敵とはなり得ない。あんな理屈やこんな理屈を並べ立てタークスとしての自分が持っていたちっぽけな敵対心を言いくるめたというのに。結局こうして彼らは立ちはだかる。どれほど叩きのめされようとも、絶対に。
「分かってくれとは言いません。でも……僕やってもう、後戻りはできませんのや」
 ウェポンの直撃を受けた神羅ビルの片付けは社員たちに任せてきた。共に瓦礫の撤去作業に従事しようかと思ったところ、若手の社員たちに現場へ行くように説得されたのである。故にこうして神羅の都市開発部門統括はわざわざヴィンセント・ヴァレンタインによる恐怖の無免許運転でトンネルの壁を破壊してこんな修羅場に突入してきたのである。
「ご安心を。そこはオレたちも理解してますよ、と」
「先輩……」
「さぁて、どうしたもんかね」
 レノは頭の後ろで腕を組んだ。
 するとクラウドは剣を納め、「もういいだろう」と首を振って呟いた。
「俺たちがここで戦う理由はないはずだ」
「……それはお前の理屈だぞ、と」
 テロリストどものなんて都合なんて聞いてない。
 レノは立ち上がり、胸ポケットから残り少なくなったタバコを取り出して本数を確認する。もう一箱くらい買っておけばよかったな、本社があんな感じじゃ調査課オフィスだってどうなったのかもう分かったもんじゃない。
「レノくん、もう時間がないんです。僕はやらなあかん、同じ統括として……自分の手を汚すことになったとしても」
「そりゃそうだろうな。宝条博士は止まんねぇ」
「……なら……」
「ま、普通に考えればアンタの言う通りかもしれねぇが」
 そういうい訳にもいかなくてなぁ、とレノはボリボリと後頭部を掻いた。
「まだ会社から首輪にリードをつけてもらわんと散歩もできんのか、貴様らは。仔犬にしては些か図体だけは大きすぎるようだが」
「ヴィンセント」
 するとそれまで黙っていた男が静かに、しかし小馬鹿にするような言葉を口にした。
 バイクに跨ったまま様子を静観していたヴィンセントは息を吐き、長い足を持て余しながらそこから降りると「ふむ」と一言漏らしてからパチンと指を鳴らした。
「……アンタやっぱ性格悪すぎだぞ、と」
 そこに立っていたのはレノと同じ制服に身を包んだヴィンセント・ヴァレンタインという一人の青年。クラウドたちには見慣れない様相だが、レノは嫌という程に見たことがある。彼らがニブルヘイムで出会った際、ケット・シーからの連絡を受けて引っ掻き回した社員名簿の中に在った写真の中にいた男が今目の前にいる。気怠げな顔をして、とにかく面倒臭そうな顔をしてこちらを睨みつけている姿。
 嫌になるほど見た顔だ。
「性格が悪い、はタークスにとっては褒め言葉かと思っていたが」
「どうだかね。……どっちにしたって死んだ人間はお呼びじゃないぞ、と」
 嫌味にも涼しい顔をしたヴィンセントにレノは嫌悪感を剥き出しにした。
 今を生きるタークスに過去の助言など必要ない。お前なんぞ必要ない、とばかりに歯茎を見せて威嚇しようとするレノをヴィンセントは鼻で笑う。
「そう目くじらをたてるな。協力してやる、と言っているのだ」
「はァ?」
「……自覚がないならそれでいい。我々もお前たちのような尻に殻をつけたヒヨコか……親を失ったカルガモの相手を丁寧にしてやる時間はない」
「ッ だ、れ、が!」
 誰がヒヨコだカルガモだ!
 弾かれるように飛び出したレノは電磁ロッドをスパークさせて容赦無くヴィンセントへと襲いかかる。ソルジャーのように身体を強化された超人的な動きではなく、まるでウォールマーケットで日夜行われるチンピラ同士の殴り合いの延長戦にあるような戦い方のそれ。
 カァン! と甲高い音を立てたのは鋼鉄の地面に叩きつけられたそのロッド。
 火花とともにそこから雷魔法が飛び跳ね、軽く横にステップして回避したヴィンセントにそれらは意志を持った風のように襲いかかる。
「いい玩具だ」
「そりゃ、兵器開発部門お墨付きなんでね、と! おいルード、イリーナ!」
「……分かっている」
「? 私は分かりません」
「イリーナ……」
 加勢しようと銃を抜いて構えたイリーナの腕にルードは手を添えた。
 既に彼ら三人が取るべき道は明らかだ。ここでクラウド一味と決着をつける必要はどこにもない。最終的な目的は同じなのだ。『この星を破滅から救いたい』という大義は両者ともに変わらず、そのためにはクラウドたちのためにこの道を通すのが最適解とも言える。
 けれど素直にそうできないのには理由がある。
「私は 私だって、短い間でしたけど……タークスとしてやってきたんです」
「?」
「レノ先輩の気持ち、痛いほど分かります。でも……一人で『そう』しようとする先輩の気持ちは……分かりません。分かりたくもないです」
 手を出すな。
 彼はそう告げたかったに違いない。そして長年の相棒・ルードには言葉もなくそれは正しく伝わっていた。だからルードは加勢しようとしたイリーナを止めたのだが──彼女は左手で腕に触れていたルードの格闘グローブに包まれた手をやんわり押し返した。
 同じでしょう、先輩も。そう言いたげに。
「……イリーナ」
「許せないんです。ここを通さなきゃいけないって……頭では 分かっているのに」
 どうしても邪魔をするものがある。
 目の前でレノは派手に足をひっかけられて転倒する。
 瞬間、イリーナはルードを振り払い前へ出ると容赦無くヴィンセントに向かって発砲した!
「イリーナ!」
「先輩、援護します!」
「お前ッ……!」
「私だって 私だってタークスです」
「!」
 正しい道を最短距離で通れないのは、プライドが邪魔をするから。
 タークスとして、神羅の『犬』として這い回ってきた矜持がこんな状況であろうとも足首に絡みつく。どんな事情にだって流されないその頑強なツタが、首輪から繋がれた首紐が、下らない神羅カンパニーに繋がれて離れない。それが正しい行いの邪魔をする。
「このままレノ先輩だけボッコボコにされても、私の気は休まりません!」
 パン、パンと続けて銃声が響く。
「タークスは面倒だな。頑固でどうしようもない」
「ソルジャーだって似たもようなものでしょう? むしろ、僕はソルジャーのほうが厄介だと思いますけどねぇ」
「…………否定は……できないな」
 魔法攻撃の射程外に退避したクラウドはため息をつき、リーブは苦笑した。
 一刻も早く宝条の蛮行を止めなければならない状況であるのは確かだが、もしも、万が一の話だ。クラウドがレノたちの立場にあったとすれば……きっと、彼らと同じことをする。これまで積み上げてきた誇りのようなものを突然捨てろと言われたら? なんて。
「まぁ、ヴィンセントさんもそれは分かっているんでしょう」
 彼だって腐ってもタークス。悲しいほどに『タークスの誇り』なんてものにしがみつこうとした愚か者なのだから。
「だからこんな非効率的なことを、か」
「……あの人もタークスの側にいれば……きっと」
 同じことをした。
 道義的に正しいと分かっていながらも最後の一歩が踏み出せない臆病者になっていたはず。だから彼はわざわざレノの神経を逆なでするように『協力してやる』だなんて言ってのけた。最後の一歩、崖から飛び降りる勇気を出ない後輩たちの背中を蹴り飛ばすため。
 つられるようにヴィンセントに襲いかかったルードもまた、そのうち『そう』するつもりだったはず。
「レノ!」
「ったく、お前らよぉ……」
「先輩一人にかっこ悪いこと、させません」
「……だな」
 勝つときも負けるときも、一緒。
 かつては大所帯だった精鋭・タークスたちも今となってはもう動けるメンバーはこの3人だけ。共に生き、共に死のうだなんて大それた話をするつもりはない。
「ヒヨコが何匹いても変わらん」
「ヒヨコは羽、です!」
 再び、銃声。
 弾丸と共にイリーナの手元から放たれた火炎がライフルのように真っ直ぐヴィンセントへと向かうが、彼は振り払うように腕を広げ、今度はショットガンのように氷の礫を前方に撒き散らす。それらは一直線にやってきた炎からヴィンセントを守りはしたものの、直後突進してきたルードの拳が氷のシールドを一気に打ち破る。
「いいぞルード!」
 次いでレノが上空から奇襲をかける。
 が、ヴィンセントはすぐさまそれらに反応した。目の前で弾け飛んだ氷の破片たちに向かって予備動作もなくファイアを唱え一瞬のうちに氷を水蒸気へと変え、ルードの正拳突きを上体を後方に逸らすことで難なく回避する。そのまま地面に手をつき宙返りをすることによって上から降ってきたレノを長い足で迎え撃つ。
 ついでにルードの顎にも一撃入れ、目くらましの水蒸気の合間から不規則に飛んでくるイリーナの銃弾と雷撃に対しては魔力の壁で防御する。
「先輩!」
「あらよっ、と!」
 次から次へ。
 絶え間なくタークスたちは同じかたちのスーツを身にまとった男へと突進してく。
 一体どこにそんなものを仕込んでいたんだというくらいに全身から小道具を出しては投げつける。レノの袖口からは小さなナイフを、イリーナはネクタイピンを、ルードは革靴の底に仕込まれた、やはり小さなナイフを。
「玩具は終わりか?」
「まだまだァッ」
 飛んで、跳ねて、それからまた飛んで。
 タークスたち3人による近接攻撃も物ともせず、同じ色のスーツを着たヴィンセントは最小限の動作で回避する。ゼロ距離で放ってくる明らかに殺意を伴った魔法には、同じく殺意をたっぷりと込めた魔法で応酬し、魔力を使い切りガス欠を起こし始めたイリーナをまずは転倒させる。
「あッ」
「まずは一人」
 命まで取る必要はない。むしろ、ここで身動き取れないほどに叩き潰すつもりもない。
 まだまだ彼らには『栄光あるミッドガル』のために働いてもらわねばならないのだから。続いて地走りを放ってきたルードの直線的な攻撃であるそれを左へステップして難なく避け、待ち構えていたレノの手首を蹴り飛ばして電磁ロッドをトンネルの反対側まで没収する。
「ちっくしょ!」
「……及第点くらいはやってもいい」
「うるっせぇ、オレはいつでも満点狙いだ!」
「ならその口をまずは閉じろ」
「あァん!?」
 やかましい! と一喝したヴィンセントの声と共にレノの側頭部に彼のかかとが直撃する。
「レノ!」
「終わりだ」
 綺麗な円弧を描いて飛んでいった相棒に目を向けてしまったルードのがらあきとなった両脚を一緒くたに引っ掛け、後頭部から地面に叩きつける。これで死んだら運が悪かったと思っていただくしか他はない。
「勝負あったな」
「えぇ。見事……と言いますか、流石と言いますか」
「……オレらは見世物じゃねぇぞ、と……」
 派手に吹き飛ばされたレノは手足を投げ出したままうんざり呟いた。
 及第点だぁ? これだけ一方的に遊んでおいてそんなことを言うたぁ、お前らのとこのお仲間口が悪すぎませんかね。タークスだからってそこまで性格ねじ曲がってる輩はレア中のレアだぞ、だとか。
 浴びせたい罵声は山ほどあったが、今はそんな気力もない。
 レノの心中を察したリーブはふふ、と笑いながらも、
「終わったようですね。……では、我々はこのまま進ませていただきます」
 とあっさり言い放ち、クラウドの後ろから身をのぞかせる。魔法は届かない場所にいたとはいえ、気を抜けば乱舞してくる飛び道具の類をバスターソードでクラウドは叩き落としてくれていたのだ。
「どーぞどーぞ。敗者に人権はございませんよ、と」
「おい後進」
「……」
 ヴィンセントの言葉に大の字で転がったレノはしかし、それには応えない。
「首輪はまだ外すなよ」
 だが無視された側もそれを無視し、言葉を続けた。
「は?」
 首輪だ?
 レノは疲れ果てた身体を動かす気力もなく、ギョロリとエメラルドグリーンの瞳を立ち去ろうとするヴィンセントへと向けた。赤いマント姿ではない、群青色のスーツを着た男へ。
「タークスの首輪はつけておけ。……野犬にだけはなるなよ」
「アンタみたいにか? 上から目線のご助言、ありがとうございますよ、と。野良犬程度で我慢してやらぁ」
 意味は聞かずにも分かる。
 ともすれば腐り落ちてしまいそうなほどに綻(ほころ)びた、けれど恐ろしいほどに頑強に神羅カンパニーから首輪へと繋がれていたリードはもう、断ち切った。みみっちいプライドのようなものを叩き折り、完膚なきまでに叩きのめし力の差を見せつけてやることで、既に神羅カンパニーより与えられた『クラウド一行の妨害』という命令は無意味である、達成不可能であるということを目に見えるかたちで納得させてやった。
 しかし、だからといってタークスの名が刻まれた首輪まで外したつもりはない。
 この男はそう言っているのだ。
「まだやるべきことはあるはずだ」
「言われなくとも分かってますよ、と」
「……バイクは置いていく。好きに使え」
「そりゃどうも。でもあのバイク、知ってます? 本社の駐車場に停めてあったはずのオレのバイクと一緒なんですよねぇ」
 車種も、ぺたぺた貼ってあるステッカーも、何もかも。あれ3年まえに発売された限定デザインで、持ってるやつ会社でまだ見たことないんですよねぇ、と。
「それがどうした」
「どうした、じゃねぇよ! クッソ高かったんだぞ、と! それをあんな荒い運転しやがって、クソッタレ!」
「……口が悪いな」
「うるせぇ、任務にはちゃんと社用車使って純潔を守ってきたってのによぉ!」
「案ずるな、どうせメテオで全部木っ端微塵だ」
 バカヤロー!
 レノはみっともない姿勢のままヴィンセントを罵った。「それだけ元気があるなら放っておいてもよさそうだな」とたった一人の勝者となった男は言い、クラウドに先へ向かうよう促した。
「いいのか?」
「構わん。ソルジャーほどではないが、そこらの一般兵よりはだいぶ丈夫な連中だ」
「聞こえてるぞー、っと! リーブさんよぉ」
「はい?」
「……上司死んだら一応教えてくれます? オレたち、優等生なんでいつだって指揮系統は確認しておきたいんで」
「えぇ。事が終わりましたら連絡させて……いただかなくとも、大きな花火にしてやりますから。八番街に大きな花火が咲いたら、『終わった』と思ってください」
 あくまでにこやかに、けれど内容は物騒に。
 リーブは紳士的に「それではレノくん、僕らはお先に」と告げて歩き出す。クラウドとヴィンセントもまた、倒れた3人に背を向けて歩き始めると、レノは負け惜しみのように大きな独り言を口にした。
「プラウド・クラッドを生身で破壊しようとするかぁ? 普通? とんだびっくり人間どもだぜ!」
 なんて。
 するとクラウドは足を止め、フンッ、とレノにも聞こえるほどの音を出してわざと鼻で笑ってみせた。そして、
「……チャック開いてるぞ」
 と。
 出会い頭から言うか言うまいか迷っていた言葉を一つ投げかけると、勝ち誇ったように「じゃあな」と別れの挨拶を残して去って行った。





「何してるの、レノ」
「……野犬に噛まれた」
「え? よく分からないけど……回復、するね。ちょっとやだ、チャック開いてるわよ」
 ちょっと待っててね、とティファはその場に屈みこんでレノの傷だらけになった顔面に回復魔法をかけてやる。
「開けてんだよ! ったくよぉ、お前らんとこのリーダーたちどうにかなんねぇのかよ。クレームの窓口ってアンタでいいのか、そもそも?」
「レノ先輩、人に当たっても無駄ですよ。あと早くチャック閉めてください」
「リーダーって、クラウド? もしかして……」
「もしかしてもクソも、天下のタークス様たちはお前んとこの『大先輩』サマにボコボコにされてこのザマですよ、と!」
 ヴィンセントが?
 ティファは続いてルードの足を癒し、イリーナにエリクサーの瓶を手渡した。
 この螺旋トンネルの先を進んでいけば八番街はすぐ。しかしティファはレノたちを回復してやった後、その場から動く気配はない。
「もう、ヴィンセントも大人げないんだから」
 しゃがみこみ、上下左右どこもかしこも乱闘によって破壊された痕跡の残る螺旋トンネルを見回してため息をついた。
 ミッドガルでの決戦となればいつかは彼らタークスたちとも相見(あいまみ)えることにはなるであろうと予想はしていたが、どうやらクラウドたちの方が一足先に遭遇していたらしい。そしてこれが結果、だ。
 ごめんねレノ、とティファが謝るとしかし、レノは
「……行かなくてもいいのかよ。そろそろ始まってんじゃねぇの?」
 と質問で返した。
 プラウド・クラッドをスクラップにしてきたねぇ花火にする遊びはそろそろスタートしているはずだ。流石にこんなところまで音は聞こえないが、少し前から地面に貼り付けていた背中には地震のような揺れを感じるようになっている。プレートの上でプラウド・クラッドなんてデカブツを振り回そうものなら『地上』はさぞかし揺れていることだろう。
 今ならまだ間に合うぞ、とレノは言ったが、ティファは首をゆるゆると横に振った。
「あれはクラウドたちのお仕事。だって、あんな大きなメカを素手でなんて戦えないよ」
「……本音は?」
「…………生身の人間がいないほうが戦いやすいって、クラウドもヴィンセントも……」
 とんだバケモンどもだ。
 そして恐ろしいことに、その『バケモン集団』にリーブはついていったのだ。この勝気なテロリストすらあの憎きスカーレットが相手であろうと大人しく戦闘に参加せずサポートに回ろうと言うのだから相当なのだろう。
「ありがとよ、これで動けそうだ」
「よかった。……じゃ、ない。そうだレノ、私 ソルジャーに追われてきたの」
「は? いや、それを早く言えよ、と!」
 聞いてねぇぞ、とレノは跳ね起きた。
「ソルジャーにですって? 彼らの命令系統は確かにハイデッカー統括だけど……今はミッドガル市民の安全確保が最優先になってる、はずよ。まぁ クラウド一味が降下してきたから命令も変わってるかもしれないけど」
「そう、そうなのよ」
 ティファが説明するには。
 ここに到着するまで、ほとんどのソルジャーたちは『そう』だった。クラウドのようにソルジャー服を纏っているわけでもないティファをわざわざ追い回す者もほとんどおらず、順調に地下へと潜りこめそうな雰囲気はあったのだ。時折ティファの顔を知る古株のソルジャーたちは「アバランチめ!」なんて因縁をつけながら襲いかかってきたが、そんな奴らは今のティファにとって最早、敵ではない。急所を一撃蹴り上げて終わりだ。
 だが彼女が説明するに、どうやら襲われたのは『そうではない』ソルジャーたちだと言う。
「おかしなソルジャー?」
「うん。私がアバランチだからとかじゃなくて……どう見たって普通じゃない、そういうソルジャーがいるみたいなの。…………前までの クラウドみたいに」
「!」
「ソルジャーって……ジェノバ細胞を使うんでしょ」
 少しばかり彼女は俯いた。そして証言した通り、軍靴の音ががらんとした廊下に響きはじめる。
「……ジェノバにやられたか」
「……私、詳しいことは分からないけれど……あれはきっと、そう」
 虚ろな瞳をヘルメットの奥で光らせて、大きな剣を抱えて覚束ないくせにまっすぐと迷うことなく突進してくるあれはまさに、かつてクラウドがセフィロスに向かっていったような挙動。
「可能性はなきにしもあらずだな、と」
「はい。メテオが接近し始めてから……ソルジャー課のほうは内輪での緊急出動が増えてるとは聞いていますし」
 イリーナは立ち上がり、すっかり色を失いつつあるマテリアを短銃から抜き取った。あと一度、二度使えば割れてしまうだろう。スーツの内ポケットから取り出した真新しい冷気のマテリアと入れ替える。
「ビンゴ。ったく、ソルジャーの連中手間かけやがって。ゾンビかっつーの」
「……全くだ」
「おうルード。ゾンビどもに見せてやろうぜ、一般社員の底力をよ」
「じゃ、私もスラムのバーテンダーの腕、見せてあげなきゃ」
「あー……いいぜいいぜ、ここはオレたちにやらせろよ、と」
「? どうしたのレノ、何か悪いもの食べた?」
「拾い食いなんかしねぇっての! ったく、おいイリーナ」
「……ミッドガル市民を守るのが 私たちタークスですので」  言わせるなよ、とばかりに彼は後輩に返答を押し付けた。お節介の塊に神羅カンパニーから繋がっていた首紐は切っていただけたものの、タークスという首輪から逃げることは許されなかったらしい。無論、レノたちからしてもそれは願い下げではあるが、そうと決まれば彼らがやるべき道は見えている。
 そのために存在する建前も。
「イリーナ……」
 確かにあなたたちはテロリスト、犯罪者、お尋ね者、世界をかき乱した真犯人。神羅の敵。
 いくらでもネガティブに形容する言葉はあるが、それら全てを覆すもう一つの言葉もある。
「この街に住んでいるなら……誰であろうとミッドガル市民だ」
「ルードまで」
「勘違いするなよ、と。身内のケツは身内で拭くもんだ。……と言いたいところだが……」
「……まだ便秘だな」
「きったねぇぞルード!」
「そうですよ先輩! 信じられません!」
 言ってやった、と満足げな顔をしたルードにイリーナは猛抗議し、レノはニヤニヤと笑みを浮かべた。これでいい、これでいいはずだ。
「……分かった。でも、私も手伝うよ。ヴィンセントが迷惑かけたみたいだし」
 仲間を呼ぶ声は聞こえない。
 螺旋トンネルの奥からゆらりと姿を現した二人のソルジャーはティファが言ったようにどこか様子がおかしい。一般兵を連れてくることもなく少人数でソルジャーが行動し、人前に姿を現すのはこのような事態下では稀だ。極秘命令を受けているなら決して一眼につかない場所を移動するはずだ。
 ぼんやりとした視線で、濁った瞳にはレノたちなど映っていない。彼らが求めるのはティファたちなどではなく、その先に進んだ存在。その身に植えつけられたジェノバ細胞を求め、彼らはやってきた。
「これ、アンタを追いかけてきたっていうか……」
「クラウドの臭いでも追ってきたんですかね。いつもはタークスのこと犬呼ばわりするくせに、あっちの方が本当に犬じゃないですか」
「嘘、クラウドの服ちゃんと洗ってるよ?」
「染み付いたジェノバ臭まではどんな洗剤でも消えねぇってか。ま、市民を守るお仕事は相手が誰であれ関係ありませんよ、と!」
 先手必勝!
 先ほどまでのぐったりした様子はどこへ消えたのか、レノは剣を握りしめた『ゾンビ』に向かって前傾姿勢のまま突撃し、そのみぞおちに向かって盛大にタックルする。まずは姿勢を崩し、お手並み拝見。派手に後方へと転倒したソルジャーのことなど気にもとめず、もう一人はただひたすらに進もうとする。
 イリーナが足元に威嚇射撃を行ったところで気にとめる様子も、ない。
「うわぁ……」
「イリーナ、ゾンビははじめてか?」
「さっきから気になってたんですけど、まるで先輩たちゾンビに遭ったことあるみたいな言い方してません?」
「あると言ったら?」
「……えっ……」
「嘘だ」
「えっ?」
「というのも嘘だぞ、と! こいつらやっぱ埒があかねぇな!」
 ブンッと突然振り回された剣の一撃をレノは後方に跳んで回避する。
「炎よ!」
「っと! ティファ、お前オレに当てるつもりかよ!」
「タークスなら避けなさいよ! 遊んでないで、とっとと倒すのよ!」
「……市民に怒られたぞ、レノ」
「だなぁルード」
「本当ですよ先輩がた、遊んでないで早くゾンビ退治しましょうよ!」
「……言っておくけどよイリーナ」
「本物のゾンビじゃないぞ」
「そんなことは分かってます!」
 ゾンビと同じで不可逆的な変化が起きたというだけで。死者ではない、彼らは。
 クラウドや他の数多くのソルジャーたち──ザックスたちと同じ、ただ夢を見てミッドガルにやってきた若者たちでしかない。ただひたすらに見果てぬ夢を追いかけやってきたのか、それともソルジャーとしてミッドガルに住む人々を守りたかったのか、はたまたセフィロスのような『英雄』という称号を欲していたのか。今となってはもう分かりはしない。
 彼らが力と引き換えに植えつけられてしまったものはとてつもなく邪悪なものだ。
「もしかしたら……クラウドも、ザックスも。こうなってたかもしれないんだよね」
「……おう」
「救ってあげよう。自我が迷子になるの……とても寂しくて、悲しいってクラウド言ってたから」
 たいせつな人たちだったかもしれないこの若いソルジャーたちをひとの心と体を再び与える『救い』をもたらすことは不可能だ。ティファにも、当然タークスにも、クラウドにさえ。
 しかし死をもってして救いとする、だなんて『救いのない』結末もご免だ。
「プレート内部には要人用のシェルターがいくつもある。一箇所くらい、ゾンビどもを放り込んでおく隙間はあるだろうよ。奇跡のショック療法でも期待するか」
「メテオが落ちてきた時のことは……後回しだ」
「了解。じゃ、動けないようにボコボコにするね」
 流石テロリスト、言うことが恐ろしい。
 のっぺりとした動きで立ち上がったソルジャーめがけて一直線。ティファは地面を弾き、一瞬でその距離を詰めたかと思えば豪打ラッシュを叩き込む。のけぞった上体にイリーナの放った銃弾が直撃し、上腕の肉を貫通したもののソルジャーは何一つのリアクションも見せない。
 もう一人のソルジャーがようやくティファたちが自分たちを阻止しようとしていることに気づいたのか襲いかかってくるが、身をかがめたルードが長い脚で足首を払い、勢いをつけて飛び上がったレノがロッドを両手に握りしめて襲いかかる。しかしジェノバによって強化され人ならざる力を手に入れたソルジャーの膂力はレノの腕力を上回り、羽根のようにたやすく彼の身体は放り投げられてしまう。
「む」
「っだァッ」
 そして投げ捨てられたレノの足首を肩口から血を流すもう一人のソルジャーがしっかりと掴み、ぶんぶんと振り回し容赦なく螺旋トンネルの壁面へ向かって叩きつけた!
「先輩!」
「えっと……えっと……」
 こういう時は確か。
 ティファは慌ててバングルにはめていたマテリアに魔力を込める。魔法は攻撃や回復といった役目を持つだけではない、マテリアはあくまで道しるべ。どう使うかは術者次第だというエアリスやヴィンセントの言葉を思い出す。「グラビデ!」と重力魔法を作動させ、パイプ類がむき出しとなった壁に重力の渦を貼り付ける。
「うわっ」
「……うまい」
 激突の衝撃はなく、あるのは突如として身体が感覚から切り離されるような浮遊感。
 過重力の渦を作ってばかりだが、その気になれば逆もできる。旅の途中でティファが教えてもらった数多い知識のうちの一つだ。
「レノ!」
「おうよ!」
 イリーナが氷を放ち、ルードが拳と共に火球を出現させて周囲を水蒸気に包む。視力も常人ならざるソルジャーたちには大して効きもしないだろうが、一瞬でもスキが作れればそれでいい。
「グラビガ!」
 ぷかぷかと足を浮かせていたレノは持ち前のバランス感覚でうまいこと身体を傾け、ティファが再び放った強い重力魔法によって先ほどとは比較にならないほどの速度で弾丸のようにソルジャーへ向かってとんでいく。
「サンダガ!」
「歯ァ食いしばれ!」
「先輩最高!」
 タークスってこんなんだったっけ?
 レノを壁から射出したティファは思わず目を丸くして動きを止めた。
 全身に魔力でかたちづくられた雷を纏い彼はソルジャーに向かって突撃した。そんなメチャクチャなやり方、ある? なんて思いはしたものの、ティファは自分の仲間たちのことを思い返して口にするのはやめた。タークスからしてみればクラウド一行のほうが『どうかしてる』のだから。
 自らが巨大な雷撃となって突っ込んだレノに体当たりを食らったソルジャーは目論見通り大きくバランスを崩してのけぞり、側面に回ったルードの強烈な頭突きで今度は真横に吹っ飛んでいく。反対側ではイリーナがティファの真似だろう、風魔法で作り出した巨大な『張り手』のようなもので往復ビンタを食らわせた。
「ナイスだイリーナ!」
 顔面を真っ黒にしたレノが楽しそうな声を上げる。
「トドメの……一発!」
 大きく引いた拳をまっすぐにティファは容赦なく放ち、ヘルメットの隙間から見える生身の顔面に向かって一撃。
 視界の端ではヘルメットに頭突きを食らわせたルードが赤くなった額を押さえながらも、拘束用の軽量ワイヤーをスーツの内ポケットから出している。果たして自我をあやふやにさせたソルジャーにあんなものが通用するかは分からないが、ここで気絶させておけばしばらくは動けないはずだ。
「あれ……殺(や)っちまったんじゃないのか?」
「どうですかね。でもソルジャーなんて体が丈夫なのが取り柄ですし……クラウド、あれくらいじゃ死なないですよ」
「それもそうか」
 これまで散々道行く先でクラウド一味の妨害をしてきたタークスだが、毎回とんでもない魔法や召喚獣や『ブチギレた一撃』で失敗してきた。その度に当たりどころが悪かったら死んでたぞ! というパターンばかりであったが、実際のところタークスたちの攻撃もまた、当たりどころが悪ければとうに死んでいるようなものばかりだった。
 基本的に盾役である『バケモン筆頭』のクラウドやヴィンセントが前線に立っているから気にはなかったが──ソルジャーという生物は生死を問わないタークス渾身の直撃を真っ向から受けてもピンピンしているのだ。
「レノ先輩でもあれくらいじゃ死にませんよ」
「そりゃどういう意味だよ、と」
 完全に意識を吹き飛ばしたソルジャーたちをルードがせっせと縛り上げる中、レノはスーツにこびりついた汚れを落とそうとする。が、汚れどころではなく魔法の炎やらでジャケットもズボンも焦げた穴が多数。うわ、ここパンツ見えるじゃねぇか! と臀部の布をつまみあげてレノは大きな息を吐いた。
「縫ってあげたいけどごめんレノ、裁縫道具、飛空挺に置いてきちゃった」
「いいぜいいぜぇ、うさぎちゃんのアップリケなんて縫い付けられたらたまったもんじゃねぇからな、と」
「誰かにされた?」
「おう。エアリスのカーチャン」
「それって……」
「嫌がらせだな」
 ルードも静かに頷いた。
 あなたも? と聞けば、彼はジャケットを広げ内側をティファに見せつけた。そこには言葉の通り、かわいらしいうさぎのアップリケ。
「調査課の予算もギリギリで、なかなか新しい制服も通らないのよ。おかげで私の制服もボロボロよ」
「どっかのテロリストどものせいでなぁ。イリーナは裁縫下手くそだしよ」
「女だからって裁縫できると思わないでください!」
「そうよ! それにイフリート呼んだのはエアリスじゃない! 私じゃないからね」
「はいはい」
 コスモキャニオンの入り口で派手に焼き尽くされた日を思い出す。
 あの頃はまだ、世界が『こんなこと』になるとは思ってもいなかった日々だ。エアリスを追い回して、クラウドを追い回して、追いついたかと思ったらイフリートで場外ホームラン。あの時に焼け焦げた制服を交換してもらって以来、ずっと着続けてきたボロボロのスーツだ。
「……ところでレノたちが会ったゾンビってゲルニカにいたモンスターたちのこと?」
 顔の骨を割る嫌な感覚を消すようにティファはぶんぶんと拳を振り、腕を伸ばして背伸びする。
「おう。あれゾンビだろ」
「だから、なんですかそれ」
「……ジュノンにあっただろう、飛空挺・ゲルニカ」
「あぁ、あの撃墜されて沈没したっていう……」
「艦内酸素が少ないながらも残ってるっていうんでな、こないだルードと乗り込んできたところに……そちらの善良なるミッドガル市民のお姉様やお兄様たちと鉢合わせしやがって」
「危うく隔壁を破壊されて死ぬところだった」
「……それは私じゃなくてユフィでしょ」
「監督責任ってもんがあるだろーに」
「あんな子監督できるのはヴィンセントくらいよ」
「ソイツも誰か監督つけてねぇと何しでかすかわからねぇぞ」
「……それはユフィの役目よ」
「どっちもどっちじゃねぇか、ああもう」
「だから、ゾンビがなんなんですか!」
「ゾンビって……一度死んでる、ってことよね? ただのモンスターだと思って普通に殴ってたじゃない! 先に教えてくれてもよかったんじゃない?」
 あぁ言えば、こう言う。
 下らない言い合いをしている4人の背後で──
 音が、した。
 鼓膜が拾ったそれは間違いなく本物の音で、けれどどうか偽物であってほしいと願わずにはいられない音。
「……おいルード」
「……聞きたくない」
 うんざり。
 レノは頭を抱えてしゃがみこんだ。
 これまで幾度となく『最悪』なシチュエーションには遭遇してきた。
 エアリスと仲良く喋っているツォンの元に増援の要請をしてしまったり、サングラスの予備を持っていない時に限ってルードのそれを踏み割ってしまったり、冷蔵庫にあったイリーナの名前が書いたプリンを食べたタイミングで帰還してきたり、些細なことから大きなことまで。潜入任務から脱出できたと思えばアバランチの皆さまが待ち構えていた、デコイにまんまと引っかかって木っ端微塵寸前、挙げればキリのない『最悪』はこれまでたくさん経験してきた、が。
「こりゃぁ……」
「最悪ですね」
「だな」
「だね」
 そしてタークスたちとティファは声を揃え、ゆっくりと振り返る。
 ルードがせっかく縛り上げたソルジャー二人は背中合わせにトンネル内に転がされていたはずだ。しかし4人がお互いを労(ねぎら)い傷を癒し、ティファの壊れたマテリアの代わりにルードが自分の新しいものを渡し、それをレノとイリーナが冷やかし──要するに、一件落着して休憩していた──はずだった。
 すると突然縛り上げられていたソルジャーたちが奇声を発したかと思うと、その姿は人の形を失い、蠢(うごめ)き、あろうことか二人ぶんの身体があったはずの命は一つと成っていたのだ。肉がさざめき、全身の骨を叩き終わっていく音が反響する。そういう展開ってアリ? とレノはちぎれた紙紐を気にしながら背中に散らばった長い髪を気にしだす。
「これが噂の……」
「ジェノバか」
「旅の途中でよく見たやつね。……もう、何度目かしら」
「うへぇ。こんなとばっかり戦ってたなんて、やっぱクラウド一味ってどっかおかしいんじゃないです?」
「イリーナ、本人たちの目の前だ。事実だとしてもその言い方はよくねぇぞ」
「もう、レノたちまで!」
 瞬きする間にも目の前で変貌していく二人のソルジャーたちは人間らしさの全てを手放していく。
 抱き合うように二人の身体は溶け合い、一つの肉となり、今度は新たなかたちの生命体へと『進化』を遂げる。そして4人の前に仰々しく立ちはだかるは、たった二人の人間の肉から生み出されたとは思えぬほどの巨体、グロテスクで生々しい異形の生命体、この星に在らざる歪んだいのち。
「……ソルジャーの正体がこんなんだったなんて。会社の責任、重大っすねぇ」
 大げさなため息をイリーナはこぼした。
 まさか自分たちの所属するカンパニーが裏でこんなものを培養していただなんて思いたくもないが、事実は事実。
「とはいえ、まぁ キッツいよな」
 こうして実際に目にすると。
 海底に沈んだ飛空挺ゲルニカで遭遇した『ゾンビ』もとい、正体不明の実験サンプルたちも相当な相手であったが、少なくともジェノバよりはマシだった。とんでもない強さで何度も敗走はしたが、アレは意志を持たないモンスターでしかなかった、はずだ。きっと。
「人間があんなんになるなんて……」
「恐るべきはジェノバか、それとも発見しちまったガスト博士か……ま、この際それはどうでもいいな」
 そんなのは偉い人たちが考えることだ。
「どうするの?」
「どうするって……そりゃ……」
「ここで逃すと市民に被害が出る可能性がある」
「ってことで。これもタークスの業務です……よ……、と。おいルードぉ」
「……僥倖だ」
 武器も使い物にならなくなった3人と格闘娘でどう戦ったものか。
 そう思案を巡らせようとしたレノはそこで、立ちはだかるジェノバの向こう側からガンガンと聞こえてくるやかましい足音に口元をあげた。普段ならありがたくもなんともないが、今は誰であってもありがたい。
「おうおうお前ら!」
「バレット! いいところに!」
「……おう、おうおう……これ、マズいんじゃねぇのか?」
 助っ人の登場にティファは目を輝かせ、状況を一瞬で察したバレットは目を曇らせた。レノは「猫の手も借りてぇ、っていうか……」と言い、ルードは「アバランチの手も借りたいところだ」と続ける。
「そうなの、すごくマズいんだけど……どうにかしなくちゃいけなくって……」
 どこへ向かおうとしているのか。
 それは明白だ。傷だらけのタークスたち3人とティファの背後に続く長い螺旋トンネルの向こう側、八番街のその先。クラウドというセフィロス・コピーの同胞か、それとも全てを生み出した父・宝条の元か。はたまたこの螺旋トンネルの中央を突き抜け天高くそびえる神羅カンパニー本社内に未だ眠っているであろう、ジェノバの残骸か。
 いずれにせよバレットの目の前にいる『よく見知ったかたちの』ジェノバ分体は仲間たちを突破するつもりだろうことは明白だ。
「八番街にはリーブさんもいるんでね、今ちょっとあの人に死なれるとマズいんだぞ、と」
「あぁん、どういうことだ!」
「……現状、私たちの利害は一致してるってことです。見たら分かるでしょ!」
「うるせぇ! 分かるかよ!」
「バレット、今はそんなことどうでもいいからこっち来て!」
「オレのせいかよ!」
「口答えはいいから!」
 ジェノバの触手が長く伸びて振り回され、狭いトンネル内を縦横無尽に壁から、床からそれらが生えてきては闇雲に全てを蹂躙しようと暴れ出す。
 反対側からバレットがガトリングを撃ち抜きそれらの一部を排除すると、大きな身体を揺らしてティファたちのほうへ前転しながら転がり込み、巨体が安全圏まで入ったことを確認するとイリーナが目一杯の魔力を振り絞って炎の壁を作り出す。
 人が焼ける臭いだ、とレノは袖で鼻をおさえた。
「……どうなってんだ」
「…………ジェノバにやられたソルジャー、だったの 二人。それが、これに」
「ゾンビみたいになって邪魔しそうだったからボコボコにしたつもりがこのザマ。……もう 手遅れだぜ」
 こうなってしまえば今更人の形には戻れまい。「残念ですけど」と言うイリーナの声はしかし、冷徹で平坦にすら聞こえる。
「分かってる。だから……「先に行けよ、と」」
「えっ」
「言ったろ? ミッドガル市民に怪我させる訳にはいかないんだぞ、と」
「んだぁ?」
「……言いたいことは分かるけどレノ、きっとバレットには言っても通じないよ」
「おい! オレにも分かるよう説明しろって!」
「だから先に行けって言ってるだろ。お前らにはやることがあるだろうが」
 プラウド・クラッドのそのまた先、魔晄キャノンを北の大地へと向けている男のもとへ。
「……わぁったよ。行くぜティファ」
「でも……」
 手負いのタークスたちを置いていく訳にもいかない。そう言おうとしたティファだったが、レノの「はっ!」という強がりの言葉にびくりと肩を震わせた。
「テロリストどもに心配されるたぁ、タークスも落ちたもんだなぁ!」
「本当。私たちのこと、舐めてもらったら困ります」
「……まだやれる」
「3人とも……」
「いいから行けよ。コイツを絶対プレートには上げたりしねぇ」
「タークスの誇りに誓って、です」
 行くぞ、と再びバレットに促されティファは何度か振り返りながらもその場を小走りであとにする。
 今は一分一秒でも惜しい。プラウド・クラッドが撃破されていなければ加勢は難しいが、それはそうとして散り散りになった仲間たちと合流するためにも今はバレットと共にタークスの言葉に甘えるべきだ。
「……お前ぇら、神羅がやってきたことオレは全部許した訳じゃあないが……死ぬなよ! 夢見が悪ぃったらありゃしねぇ」
「はいはい」
 こんな時くらい素直になってやってもいいが、なんとなくそれは負けた気になるのでやめ。
 二人の足音が遠くなっていった頃、イリーナは大きく息を吐いた。エリクサーをティファからもらったとはいえ、3人とジェノバの間に立ちふさがる巨炎の壁を持続させるには膨大な魔力を使う。当然、マテリアへの負荷もかなりのものだ。
「これで邪魔者はいなくなりましたけど……向こう、行くのはレノ先輩もですからね」
「は?」
「……花火の時間に間に合わないのは……よくない」
「花火だァ?」
 レノは今更なに言ってんだ、と顔を歪めた。
「リーブ統括の花火。私たちも見たいのは山々ですけれど……ここはレノ先輩にお譲りします」
「貸し一つだ」
 そんなことはできない、ただでさえ3人揃っていても勝てるか分からないこんなバケモンを前に、仲間を残してなんて行けるか!
 とか。
 全身が痒くなるような言葉を吐けるほどレノは純粋にはなれなかった。もっと大局を見るべきだ、と今この場にいないツォンなら言うだろう。ヴィンセントならきっと「迷うことこそが裏切りだ」とか、そう言うはずだ。
 故にレノはイリーナとルードの言葉に力強く頷いた。
「……分かったよ。また会おうぜ、ルード、イリーナ」
「はい。必ず」
 言わなくたってその気持ちは分かってる。3人は目を合わせた。
「待ち合わせは……」
「お決まり。本社裏の喫煙所な。……本社がまだ残ってれば、だがな」
 いつもツォンへの報告前、怒られると分かっているレノが逃げ出す場所。恋に破れたルードが一人静かに紫煙を揺らす場所。そしてそんな二人を迎えにイリーナがいつも向かう場所。そこが彼らにとって『いつも』の待ち合わせ場所。
「お待ちしてます、先輩」
「バッカヤロウ、オレのほうが絶対先だからな、と!」
「……早く行け」
 ヴィンセントはこうなることを見越してバイクを置いていったのか、何も考えていなかったのか。それは今となっては定かではない。
 レノは愛車にまたがり、ハンドルの感触を確かめる。
「あぁそうだ!」
 バイクのエンジンをかけたレノは振り返ることなく、右手を挙げた。
 まだなにか? と言いたげな顔をしているであろうイリーナとルードというだいすきな仲間たちの表情をまぶたの裏に描き、レノは最後にこう言い放った。

 君に栄光あれ!

 と。
 ルーファウスが最後にレノを送り出した時に告げられた言葉の真意。レノはそれを今、理解した。だからこそ二人へ投げつけたのだ。
 返答なんて必要ない。なんですか、それー! という女の声に名残惜しさを感じながらも、タークスの赤毛は二人のテロリストを追い越すためにバイクを走らせた。





「……初めて、ですね」
「あぁ」
「頑張りましょう」
 二人の背後では「じゃあなお先に!」と走るティファとバレットを追い越して行くエンジン音とレノの声。
 ずるいぞオレも乗せろ! とか、一人くらいいでしょ! なんていう『敵』の声も徐々に小さくなっていく。こうしてイリーナとルードが二人だけで任務を請け負うことは今までではじめてだ。これが任務であるかはともかく──訓練所で連携ならちょっと確認したかな、程度。
「……」
「最期、かもしれない、です よね」
 足は竦(すく)む。
「……」
「でも……いつでも死ぬ覚悟はありましたけど、コイツに殺されるのはちょっと御免です」
「なら最大限の努力をしろ」
「はい!」
 焼け焦げた肉の臭いが晴れていく。
 イリーナが先ほどバレットが駆けつけた際に放った無茶苦茶な魔力で作り出した炎の壁は分厚く、こうして『仲間』たちを先に進めることに役立ってはくれたが、彼女が細い指で包み込んでいた人工マテリアの宝珠はひび割れ、球体のかたちを失い、パラパラと美しいかけらとなって落ちていった。
「……イリーナ」
「援護します。マテリアがなくたって……手段はあります」
「……」
「いいですよ、言わなくても。ルード先輩だってマテリア、もうないんですよね?」
 すっかり頼もしくなった後輩の言葉に頷いたルードのバングルから翠色のマテリアが破片となってこぼれて落ちていく。
 マテリアはなし。対人間なら役には経つが魔物相手では大した威力にもならない短銃を抱えたイリーナは己の拳のみとなったルードの横に並び立つ。それでもいつもの場所でまた会いましょう、なんて約束をしたからにはそう簡単に破る訳にもいかないのだ。
 栄光あれ、か。
 その意味はきっと、言うことで相手の死をも受け入れようという自己満足。そんな言葉を言い放って先へ進んだレノへの嫌味の一つだってまだ言えてない。
 二人はお互いに頷き合い、幻煙の隙間から現れたジェノバへまっすぐと向かっていった。


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