課外授業


 爆ぜる音がする。
 今日は講義が午前中で終わり、のんびりとリフレにでも行こうとしていたのだが、キングに模擬戦闘を誘われたために闘技場まで来たのだ。
 使用状況を確認しようと受付まで足を運んだときに聞こえたのが、その爆発音だ。
「…使用中みてぇだな」
「…だな」
「どこのどいつが使用中だ?」
 受付の武官にそう尋ねると、彼女はパラパラと名簿を捲り、そしてサイスとキングの顔を見てから微笑んで答える。
「0組、マキナ・クナギリとクラサメ・スサヤ武官だ」



 先程の爆発音はマキナの魔法だったらしい。
 いいものが見れるかもしれない、とサイスはめんどくさそうな表情をしたキングを引っ張って客席側まで周り、二人を見下ろすかたちで見物し始めた。
 いったいどんな経緯で二人が模擬戦闘をしているのかは分からないが、少なくともお互い本気であることは見て取れた。加齢によって候補生であった頃よりは力が劣っているものの経験に勝るクラサメはマキナの猛攻を冷静に回避していく。レイピア一本が飛んでくれば左へ飛び、二本同時に迫り来る時には氷の分厚い壁で凌ぐ。
 魔法に関しても優良な成績を修めているマキナではあったが、彼のファイラ如きでは堅牢な盾を溶かすには至らない。レムあたりを連れて来て二人掛かりでファイガあたりを撃てば氷を消すことができるのかもしれないが、なんにせよ溶けた氷による水蒸気が煙のように相対者の姿を隠してしまう。
「ありゃマキナのミスだね」
 サイスの冷静な分析は的を得ていて、無闇に放ったファイラによって氷を消すどころか、相手にとって有利な状況を作り出してしまっている。
 僅かな瞬間を置いて、マキナの背後から突如として氷剣を振るいながらクラサメが突っ込んでくる。力で勝るマキナだが、速さでは若干劣るらしい。確実に急所を攻めてくる剣を防ぐのに手一杯だ。お得意の二本のレイピアも足を引っ張っているようにしかみえない。
 マキナと共に最前線の更に前衛で武器を振り回すことの多いサイスは彼の能力をそれなりに高く買っているつもりだった。
 魔法の扱いについてはともかく、お互いの隙を埋めるように戦って来たマキナはさすが2組に所属していただけあって接近戦の腕はかなりのものだと思っていた。しかし、1組配属であって、元朱雀四天王であるクラサメからすればその腕も幼稚に見えるようだ。
「…どうもマキナは武器と魔法のスイッチが苦手みたいだな。逆に隙になっている」
「ま、相手が悪かったとしか言いようがないね。クラサメ相手じゃマキナだけじゃない、クイーンかレムくらい隙を小さくしなきゃ話にならないね」
「だが、あの二人だと突破力に欠ける、か」
「そういうこと。あたしらは14人で足りないところを埋め合ってやっと成立するってのに、さすが死神さんだね。一人でなんでもやってのけてるよ」
 攻撃と共に厚い防御を。
 魔法を諦めて物理攻撃で攻めてやろうと画策したマキナの思考回路は再び邪魔される。
「甘いぞ!」
 クラサメの叱咤は客席まで届く。
 手元で巨大な花のように収束する魔力は氷をかたちづくり、容赦なくマキナの方へと飛んで行く。跳ねて回避するが、頭上には既にクラサメの姿。
 あっという間、ほんの数回瞬きするだけの合間にマキナのレイピアはまっぷたつに折れ曲がり、先端部分は後方へ突き刺さる。しかし諦めずに再びファイアの詠唱を開始する。
「足掻くのは結構だが、手を違えたな」
「……くそっ」
 焦って詠唱の舌は回らない。
 ひいんやりとした氷の感覚を首筋に与えられ、マキナは遂に諦めて闘技場の芝に転がった。
「サイス、キング。降りて来い」
「気づいてたのかよ」
「視界の端でちらちらされると、な。ちょうどいい。先程のマキナと私の動きに関して感じたことを述べてみろ」
「…ここに来ても講義のつもりか?」
「いや、違うんだ…。オレが、隊長に無理言って付き合ってもらったんだ。それで、その…オレも、聞きたいんだ。もっと強くなるためには、どんなことをすればいいのかって」
「ふぅん?秘密特訓、ねぇ。いいよ、あたしらも片棒担いでやる」
 サイスはそう言うと客席の手すりに足を掛け、スカートの中が見えるなどということなどおかまい無しに芝生に着地する。背後に居たキングからは幸か不幸か下着が見えることはなかったが、恐らく真正面を向いて見上げていたマキナには見えてしまっていたのであろう。思わず顔を赤らめて背けた。
 しかしクラサメは何事も無かったかのように涼しい顔で「キング」と名を呼ぶ。同じようにキングが飛び降りてくると、「さすがだ…」と彼は呟いていた。
「マキナは隙が大きすぎなんだよ。あたしが言えることじゃないってのはこの際棚に上げておくけどね。今はアンタにいちゃもんつけることに専念させてもらうさ」
「俺もそう見えたな。武器を構えながら魔法を使うのは得策じゃない。実戦ではまだ通用しないレベルに見えた」
 二人して同じことを言われ、マキナは難しい顔をしながら首を傾げた。
「腕は上げたつもりだったんだけどな…」
「相手が悪かったってのもあるんじゃないか?今度クラサメの戦い方見てみりゃいいんじゃねぇの?アンタと違って、剣を構えながらでもあっという間に魔法を詠唱しちまってた。ありゃ魔法使うために詠唱してるんじゃなくて、とりあえず詠唱してから魔法を使うタイミングを図ってたってように見えたけど」
「よく見えていたな。そうだ。実際に戦場で戦う場合、敵に囲まれてから詠唱を開始していては遅い。詠唱を整えていれば、直前で詠唱することができなくても対応することができるだろうな」
 クラサメは氷剣を弄びながらレリック端末の傍で控えていたトンベリに手招きをした。
 死神の右腕はてくてくと短い足で主の腕の中へやってくると、上着のベルトにしがみついてくる。
「多人数での任務を主とする一兵卒ならまだしも、諸君らは一騎当千の力を持っている。仲間のフォローが必須でありながら単独での任務遂行を強いられる場合もある」
「…どうしても追いつかないんだ。接近戦をしているとどうしても目の前に集中しがちになってしまう」
「だろうな。お前の戦い方は後方からいつも見ているが、一対一に特化しているように見える。だがしかし、先程のように一対一であるならばこそ魔法をいっそのことを封じてしまうのも手だとは思うぞ」
 腕を組み、顎に手を当てる。
 『自分のことは棚に置いておく』ということはサイスと同じようだ。
「どうやらお前の欠点は魔法と近接攻撃との合間にあるようだな。私から言わせてもらうと、氷に対して炎をぶつける判断は大きな誤りであったな」
「はい。…じゃあ、隊長ならあの場面においてはどうしたんだ?」
「私なら、か。魔法を使う人間を相手にすることなど無いではあろうが、あの場合は大人しく一歩退いて体勢を立て直すべきだったな。ウォールや冷気魔法での防御は遠距離タイプでもない限り、とっさの判断だ。つまり近接戦において相手が魔法で防御をした場合は相手も焦っているということだ。余裕が有れば攻め込むチャンスだが、無理に攻め込む必要もない」
「さすが、百戦錬磨の死神さんは違うねぇ」
 サイスはそう茶化し、けたけたと笑った。
 馬鹿にしているのではなく心底感心しているようなのだが、この少女はどうにも笑い方に問題があるようだ。キングに助けを求めるような視線を送ると、彼も呆れたように首を横に振って「諦めてくれ」だなんて言う。
「どうする、このまま続けてもいいが…今度は三人でやってみるか?そうすればマキナも後方からのフォローがいかに大事か分かるだろう。三人で攻められれば私もさすがに敵いはしないだろうがな」
 もう一度挑戦的にどうする?と尋ねられ、三人揃って首肯した。
 氷剣の死神の実力を身を以て味わうことができるまたとないチャンスだ。サイスはあっという間に鎌を手にし、屈伸運動を開始する。休み無しか、だなんてマキナは文句を言いつつも予備のレイピアを取り出す。
「アンタは大丈夫なのか?そんなに魔力も残ってないんだろう?」
 キングが少しからかうと、クラサメは涼しい顔で「諸君らに心配される程枯れてはいない」と告げ、再びトンベリを地面に降ろしてやる。しかし、その様子を見たサイスが鼻で笑いながら「援軍が居てもいいぜ?」と言った。
「連戦のハンデさ。トンベリに援護させたってあたしらは構わねぇよ」
「舐められたものだな。だがその気遣いは結構だ。どうやら私は老いぼれに見られているようだからな、きつい灸でも据えてやる」




「きつい…灸………」
「まさしく言葉の通り、だったね…」
「手加減ゼロだったな…」
 三者三様傷だらけでサロンまで引き上げて来たのは日がたっぷりと落ちてから。
 闘技場から切り上げて来、寮へ戻る前にサロンで少し休もうと言いだしたのはサイスであり、訓練の途中で抜け出していたトンベリが呼んでいたのであろう、サロンへ辿り着くよりも先に大魔法陣の前にはレムとセブン、そしてアリアが待機していた。
「隊長にボコボコにされたって聞いて、すごい驚いたんだから」
 不用意に魔法に頼るのはあまり良くない、とアリアが大きめの救急箱を抱えており、中から真っ白い包帯を取り出してくるくるとマキナの腕に巻き付けて行く。
 手指は弾けとんだ氷によって切り傷まみれ、サイスの自慢だった長いブーツもぱっくりと切れ込みが入ってしまっている。
「ボコボコという程でもないが、あれは完全に怒っていたな。……サイスが余計なことを言うからだ」
「あたしは単に心配してやっただけだよ。いくら元1組だの四天王だのつったって、もう26なんだろ?」
「26でも私たち0組の指揮官に選ばれたんだ。実戦に耐えうるだけの実力を今尚持っているに決まってるだろうに」
「……痛いぞ、セブン」
「当たり前だ。三人で抜け駆けして隊長と特訓したんだろ?……水臭いな」
 それを言うなら、とサイスは声を上げた。
「言い出しっぺはマキナだろ。こそこそ隠れて隊長とマンツーマンで特訓しようとしてたのはアンタじゃないか」
「オレは…、オレは…ただ、」
 心配げな表情のアリアがそっと離れると、捻挫した手首の調子を確かめながらマキナは俯き加減で、しかし照れくさそうに続けた。「オレは…その、1組出身ではなかったけど、2組配属だったから…腕には結構自信があったんだよ。でも0組に配属されてから、オレは全然弱いっていうのを痛感して…」
「それで隊長に、内緒で特訓してもらおうとしたの?」
 サイスの手当が終わり、余った包帯とテープを箱に詰めながらレムは苦笑した。マキナが抱いている歯痒さを最も理解してやれるのはレムであり、彼女も同様のことを考えているらしい。それにレムはマキナと違い、回復魔法を専門とする4組の下位クラスである、7組出身だ。魔法の腕に関しては天下一品であり、他の0組のメンバーに引けを取らないが、接近戦はかなり苦手である。
 それを気にしてかレムはよく実戦演習では進んで前衛に出るようにしているし、実習の授業では居残りしている姿をよく見る。
「マキナ、あんまり頑張りすぎないでね。マキナはね、マキナが思ってるよりも強いんだよ?」
「そうだ。お前が何を気にしているかは知らないが…俺たちにだって弱点はある。俺は接近されれば対処できないし、セブンもあまり近づかれると対応できなくなる。サイスは攻撃の隙が大きい。お前が指摘されたことは、全部俺たちにも跳ね返って来てるんだ」
「キングの言う通りだ。私たち12人はマキナやレムたちよりも長い間一緒に訓練を受けて来た。だから、お互いの欠点を熟知しているつもりだ。これから何度も作戦を繰り返して共に戦っていけば、じきに連携だってうまくいく。14人で1つになれるはずだ」
 セブンは穏やかな笑顔でそう言った。
 そして最後にマキナの頬に絆創膏を1つはってやる。
「後は隊長だけか。あの性格じゃ、マキナみたいにムキになって碌に手当をしていないだろうな」
「あ……それ、私が…持つ……」
 救急箱を持ち上げると、慌ててアリアが立ち上がる。従卒の仕事です、と彼女は言ったがセブンは優しく「今は任務じゃないから、私が持つよ」と諭す。
「隊長、この時間どこに居るか誰か知ってるか?」
「この時間だと、クリスタリウムかリフレじゃないかなぁ。それか武装研究所?」
「だな。今の時間リフレは混んでいるだろうからクリスタリウムか武装研だ。きっと武装研はまだ忙しい時間だろうし、クリスタリウムだろうが…そんなに心配か?」
 キングにそう尋ねられると彼女は苦笑した。
「キングたちがそれだけ傷だらけなら、隊長だってあちこち怪我してそうだし。…きっと、カヅサさん辺りが看てくれてるとは思うけれど不安でな」
「…さすがセブン…」
 颯爽と救急箱片手にクラサメを探しに行くセブンの後ろ姿を見送り、残された五人は尊敬の念を籠めたため息をついたが、その数十分後エントランスで「私は何も見ていない…!」だなんて半泣きになりながら呟くセブンを目撃したのはまた別の話となる。


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