ナイン君の初恋


 そのマスクの下には薄い唇。たらこ唇だ!だなんてふざけた噂も立っているが、ナインは確かに見た。
 闘技場で模擬戦闘でもしてやろうとした時に、自らの隊長が顔を洗っている姿を。いつも口元と表情を隠している例のマスクを外し、じゃばぶじゃぶと予想していたよりも豪快に顔を洗っているのを、だ。
 その素顔が予想していたよりもひどく優しげであったので、ナインはいつにも増して上の空だった。
 魔法学の授業では居眠りするでもなくずっと天井を見つめ続けていたし、戦闘応用の授業ではあまりにぼんやりしていたからか、椅子から盛大に後方へとひっくり返ったりもした。その度にクラサメが呆れたような声を上げていたが、その声音とマッチングするのはマスクのないあの素顔。これはまさしく恋ってやつじゃねぇのかオイ?なんて的外れな思考回路を巡り巡らせ、再び転倒。
「ナイン、いい加減にしろ」
「…ん……あ、あぁ…」
 気がつけば目の前にはクラサメの顔。
 固く冷たいマスクの下に隠れるのは美しい弓を描く唇。彼の同期であるエミナという武官がふっくらとして愛らしい唇であれば、クラサメの唇はまるで線一本引いたような歪みのないそれである。
 色気など一切含んでいないようにも見えるその唇で彼は呪文を詠唱し、叱咤し、時には優しい言葉を囁く。そして同じ口で彼は恍惚な声を漏らし、喘ぐ…はずだ。
「…本当にどうした。気分が優れないなら、医務室へ行くといい」
「…そんなんじゃねぇよ……」
 そうだ、これはやはり恋だ。
 果てしなく不毛な、そして随分と本能に忠実なはた迷惑な恋というやつだ。





 日が暮れ、長い授業の終了を告げる鐘の音が響き渡る。途端に逃げ出すようにリフレへだろう、スタートダッシュを決めるのはケイト。待ってよ〜、と相変わらず間の抜けた声を上げて後を追うのがシンクで、二人につられるかのように0組の面々は教室から姿を消して行く。もぐりんはトンベリを連れてチョコボと戯れに行くようだ。主に助けを求めるようなトンベリの視線に「行って来い」とクラサメは送り出して行った。
 なかなか机から離れないナインを不審がるような視線を送りながら最後に教室から出て行ったのはマキナ。レムに「早く行こうよ!」なんて急かされてあっさりと引き下がって行く。
 いいぞ、そのままとっととレムの尻を追いかけて行け、と意地の悪いことを考えながらもナインはようやくお目当ての人間と二人きりになれたので行動へ移すことにした。
 予習は完璧だ。キングが持ち込んだAVをトレイと三人でじっくりと見込んだのだ。内容を頭に叩き込み、『ナニ』を『ドウ』すればいいのかは理解できているはずだ。もちろん予習に使ったのは男女がまぐわうようなモノではなく、諜報部にも深い縁のあるナギが仕入れたとっておきの男と男がアンアン言うモノだ。本人曰く捕虜に対する尋問に使うのだとどうのこうのととってつけたような理由を引っ張りだしてはいたが、あながち間違いでもないらしい。諜報部の司令室には、そういった類いのAVが陳列する棚があるという。
 AVの持ち主についてはこの際どうでもいいのだ、問題であることは唯一つ、トレーニングは全てナインの脳内で行われたということだ。
 キングやトレイは前者はある程度行為自体へ興味があったようだし、後者は純粋な知的欲求で鑑賞会に参加したようであったから、幸か不幸か二人で実践演習だなんて事態には至れなかった。口に出す前からトレイがぷりぷり肩を怒らせながら「不潔は最低です!」と叫び前屈みで部屋を出てしまっていたし、キングも「やはり女の方がいいな…」と呟いていた。
 とりわけナインだって男を掘りたいとは毛頭思わない。
 抱くならやはり女の柔らかい身体の方が性欲をそそるし、あの、男には持ち得ない乳房の感覚というものを一度でいいから味わってみたいというものだ。
 しかしこれとそれとは別。
 今現在、ナインが抱きたいのはクラサメだ。男だ。いや、言い方を変えるべきだ。男であるが、クラサメだ。
「どうしたナイン」
 声を聞くだけで興奮する。
 これは非常にまずい事態だ。
「……ククッ…ク……」
「ク?」
 困惑して首を傾げる。いやだからそれがまずいんだって気付けよオイコラ。
「クラサメ!掘らせろコラァ!」
「……」
 教壇から座席までの距離はおよそ十メートル。心の距離はきっとチョコボ牧場と噴水広場程。
 少し心配げなそれから一転し、その通り名にふさわしい氷のように冷めた視線を送ってくる。
「お前は一日中そんなことを考えていたのか」
「悪ィかコラ!俺だって健全な男児だぞオイ!」
「…そのようだな。だが、性欲を抱く対象を間違えているとしか言い用が無い」
「まっ間違えてねぇよぞコラァ!」
「何故私だ」
「知らねーよ!」
「………」
「何か言えよオイ!」
 全くもって理不尽。クラサメは眉間に皺を寄せながら「訳が分からない」と呟いて首を横に振り、出席簿とプリントを回収する。
「……なぁ」
「なんだ」
「その…てめぇは……あんのかよ、経験」
 ナインはもじもじとしながら尋ねた。
「……逆に聞こう。何と答えれば、お前は満足だ?」
「え、いや、その…」
 やはり俯いたまま顔を少しだけ赤らめ、もじもじ。もじもじ。
「言っておくが、私はお前の期待する答えなど持ってはいないぞ」
「は?」
「お前がどんなに逞しい妄想をしていたかは知らないが、私にそっちの気はない」
 そっちの方が滾るからむしろ嬉しいんだよコラァ!
 ナインの理性は既に吹き飛んでいる。吹き飛んでいるのは理性ではなく知性の方かもしれない始末だ。覚悟を決めたのか、彼はお決まりの体勢からすっくと机に立ち上がり「行儀が悪い」という平坦な口調のクラサメに向かってどかどかと机の上歩いて行く。ケイトには悪いが、やりかけの課題を机に放置している方が悪い。彼女のプリントにはナインの靴跡がしっかりと残された。
「おいナイン、」
 いい加減にしろ、という言葉が出るべきであったクラサメはしかし、それを告げることはできなかった。
 あっという間に彼は教卓の上まで軽やかにジャンプし、まるでスノージャイアントのように四足となり、ぐいとクラサメの顔へと睨みつけるかのように顔を寄せた。
 思春期まっただ中の男子としてここで引き下がってはならない。思い返せばどう考えてもAV鑑賞に最も熱中していたのはナインであったし、解散した後トイレで自慰に耽っていたのもナインだ。もちろん脳裏にはクラサメがあられもない格好で喘いでいる姿を思い描きながら。
「…ジャックがモーグリの真似なら、お前は発情期のクァールにでもなったつもりか」
「んだと!」
「そんなに性欲を持て余しているなら一人で処理をしてくればいいだろう。少なくとも私をお前の性欲処理に巻き込むな」
「なーんにも分かってねぇんだなテメェ!」
「だから 何が分からない  と  ッ」
 再び言い終わるよりも先にナインが動く。驚くべき早さで彼はマントを脱ぎ去り、名簿とプリントを教卓から派手に払いのけると慌てるクラサメの両手首を掴んだ。
「ナイン…お前…」
 シミュレーション通りだ。このままマントで手首を縛り身動きを制限してしまえば後はこっちのもの。脳内でのイメージトレーニングを何度も重ねただけある、驚く程の手際で目を丸くしたままのクラサメの手首をぐるぐるとマントで縛り上げた。
 完全に甘く見ていた、とクラサメは自由を封じられた腕を眺めた。
 思い切り力を込めるか、或は魔法でも使えばこんなものすぐに引き裂いてしまうことができるが、0組の朱マントだ。そう簡単に傷つけていいものでもない。だからといってこのまま大人しく部下に抱かれてやる義理もない。しかし、言葉の説得は無理だ。
「…一つだけ聞かせろ」
「あん?」
 こんなことならトンベリをもぐりんと共に残しておくべきであった。いつもプリントなどを運んでもらっているからといって牧場へ遊ばせに行ったのが間違いだ。トンベリが居れば問答無用でナインを排除してくれただろうし、もぐりんが居るような空間ではさすがに彼もこんな行動には出なかったはずだ。
 だがどうこう言っても後の祭り。現実、この広い教室には二人きりだ。
「どこでこんな真似を学んだ。…随分と変態じみた嗜好だが」
「んなこたぁどうでもいいだろコラ!」
「………さしずめ諜報から借りたんだろう」
「なっ…なんで知ってやがんだ!」
「やっぱりか」
「オイ!どういうことだよ!」
 どういうこともなにも、とクラサメは身体を起こし、器用に封じられた両腕を眺めながら「外せ」と命じた。
「お前が本気で私を抱こうと画策してるのはよく分かった。酔狂に付き合ってやるから、これを外せ」
「…いいのかよ」
「どうせ力づくでも実行するつもりだったのだろう?諜報の奴らが持ってる映像はどれも悪趣味すぎる。だが、それを見たお前がこんなことをしでかそうと考える気持ちも分からなくもない」
「つまりどういうことだよ」
 言いながらナインは言われた通りに捕縛していたマントをぐるぐると解き始める。
「せめてお前の欲求の矛先が女子や他の候補生に向かなかっただけマシか」
「いやだからどういうことだコラァ」
「お前と同じことをかつてした馬鹿がいるという話だ。まずは教卓から降りろ。それから落とした名簿とプリントは机に戻せ」
 自由になった手首をぐりぐりと回し、クラサメはそう命じた。ナインは少しばかり疑いを籠めた目で見ていたが、このままナインが名簿を拾っている間に逃走するような男ではないことは知っている。目を合わせたまま器用に教卓から後ろ向きに飛び降りると、跳ね飛ばしたものを集めて足跡のついたケイトの課題の隣に並べた。
 それに満足したのか、クラサメは少しだけ表情を和らげる。
「で?何をどうするつもりだ?……聞く方が愚問か。勝手にすればいい。それで満足するならな」
 勝手に、勝手に。
 つまり好きにしていいとそういうことか?しかも満足するまで?
 ナインは未だに混乱する頭の中を必死に整理する。勝手にしていいということは好きにしていいということ。好きにしていいということはナインが数日間悶々としながら妄想し続けた『あんなこと』や『こんなこと』をしても構わないということ。満足するまでということはそれこそメチャクチャにしてもいいということ。
 承諾を得たのなら、何をしたってきっと許される。




 表情を隠すマスクは床の上。甲高い音を立てて一番最初に落ちて行った。
 あの日闘技場で見た薄い唇はナインの妄想通り一度聞くだけで下腹にじくじくと甘い刺激を与えてくれるような魅惑的な声を漏らす。クラサメらしく声を漏らさないようにしているのか下唇を強く噛んでいるが、その唇の隙間から漏れる音がナインにとっては今はまるで嬌声のようにも聞こえてくる。
「(やべぇ…)」
 実質GOサインを与えられた三秒後、ナインは飛びかかるようにクラサメを黒板に押し付けた。チョークの白い粉が上着に跡を薄らと残したが、そんなことはおかまい無しだ。拒絶されないということが約束されていたので、ナインはそのままマスクを取っ払うと獣のように唇を貪った。
 歯列を割って、唇をねじ込んで。
 呼吸すらままならなくなるような野性的な口づけ。本当に一体どこでこんなものを覚えて来たのかという濃厚なキスから始まり、舌を絡ませながらも彼はクラサメのベルトだらけのズボンを攻略しにかかっていた。
 唾液が糸を引きようやく息苦しさから解放された頃には複雑な構造をしていたはずのズボンのベルトは全て外されていて、ガチャリと金具同士がぶつかる音がやけに響く。
「お前は…とんだくだらないことに関しては計画が…念入りだな…」
 ひどく息苦しかったのかはたまたそれ以外に何か感じていたのか、顔を赤らめ僅かに涙を浮かべた瞳でクラサメはナインを睨みつける。上背に勝るナインは当たり前ではあるが見上げられる角度であり、これまた危険すぎる。完全に勃っている。危険だ。本当に危険だ。
 気を紛らわせるかのように向き合っていた体勢をどうにかして変えようと、今度は両の腕を握ったまま教卓へ押し付けるかたちとなる。
 大した抵抗も見せない。少しくらいは抵抗してくれるものかと思っていたが、そこは拍子抜けだ。
 しかし拍子抜けだろうとなんだろうとこのチャンスを逃す訳にはいかない。
「こ、こっち…向けよ…」
「断る」
「………は?」
「断る、と言っている……んッ」
 アウト。
 試しにズボンから上着の中に手を突っ込んだだけだ。まだズボンの中には手を突っ込んでいない。本当に、ただ、試しに、だ。
「我慢できねぇぞオイ……」
 様々なホップステップを経てのジャンプを予定していたのだが、中略だ。ホップステップなど必要ない。ナインは右手を硬い腹の筋に這わせたままごそごそとズボンの中まで侵略を開始する。せめてもの抵抗のつもりか、クラサメはナインの手首を掴んでくるが力など殆ど入っていない。
 そんな些細な仕草が逆効果になっているとも知らず、クラサメはふるふると僅かに震える手でナインの侵攻を阻止しようとはしているが、本気で抵抗している訳ではないのは明らかだ。
 このまま髪の毛を引っ張って無理矢理その表情を拝んでやりたいところではあるが、そこまで非道なことなどできるはずもない。何を隠そうナインは童貞だ。
「お前、少しは…手加減、を、」
「んな顔されてできっかよ!」
「なっ……」
 顔を真っ赤にしてそう宣言すると、ごそごそとズボンの中を弄(まさぐ)っていた左手がお目当てのものを見つける。下着をズボンと共にずらそうと手をかけるとずらすまでもなくズボンは膝まで自然に落ちて行き止まる。露になったのは己とは対照的に予想していたよりも白い太股。
 ナインよりも過酷な任務を幾度となくこなして来たはずのクラサメが持っていたのは、その経歴には似合わぬほどにとても戦士とは思えぬほどの肌だ。無論前線を退いてからも鍛錬を怠っていないのであろう、しっかりと筋肉はついているし古い傷跡も幾筋か残っている。しかしながら、それを差し引いても魅惑のなんとやらだ。ナインはその内股をすぅ、とさすり上げた。
「ッ!」
 付け根まで辿り、熱を持つ中心を包み込むように下着の上からなぞる。
 途端にナインの左腕を掴んでいたクラサメの手がぷるぷると震え始める。手袋越しのその感触では分からないが、爪でも立てようとしているのだろう、指先に力が込められている。いよいよマズいと感じたのかその手に力がこもる。
「ちち、ち…力、抜けよ…コラ」
 突っ込む時のテンプレート。これだけは覚えておこうと昨晩頭に叩き込んでおいたのだが、使いどころを間違えてしまった気がしないでもない。俺まだ指も入れてねぇよな!?このまま指入れずにそのまま突っ込んだらマズいよな!?どうしたらいいんだ教えてくれ諜報のエロい奴!
 訳の分からない単語の羅列を頭の中でリピートさせながら、下着をずらし、そのまま左手で包み込むように扱き始める。よく分からないままだったので適当に緩急をつけながら、感覚的に。
「う、あ、」
 声が漏れることを耐えることができなくなったのか、咄嗟にクラサメは空いていた自らの右手に噛み付いた。分厚い皮を噛み締めているのだろう、ギリ、という音がナインの耳にも入り込んでくる。その仕草一つ一つが官能的だ。
 くりくりと先端を弄ってみれば背筋がのけぞり、ひと際強く親指で押してみれば腰が揺れる。
「っナ、ナイン」
「な、なんだよ…」
「やるなら、早く…ッ、とっととしろ…!」
 再びのGOサイン。
 分かりました待ってましたと言わんばかりにナインは圧倒的な早さで右手を上着から抜き去ると自らのベルトを外し、ズボンと一緒にトランクスも下ろす。腹に沿わせていた右手を抜いた瞬間に再びクラサメの腰が揺れた気がするが、そんなものはもう関係ない。ホップステップを飛び越えてついにジャンプの時だ。
 既に準備は万端ですと主張するブツを上着の長い裾からちらちらと見え隠れする尻に宛てがう。
 その瞬間にナインの左手の中でクラサメのものが脈打ったように感じた。
「あ、ふっ…」
「うぉ、ぉ、お?」
 初めての感覚にナインは思わず声を漏らす。じりじりと押し進めて行けばその度にくぐもった音がクラサメの口から漏れてくる。手袋をしているとはいえ、あれだけ強く噛み締めていれば素肌にはくっきりと歯形がついてしまっていることだろう。
 ナインはクラサメの下半身に宛てがっていた左手を離すと、手袋を噛み締めたままの口内にねじ込んだ。
「そのうち指、噛みちぎるぞオイ」
 強く噛み締められない指を銜えさせられることが何を意味するかなどナインには分かっていないのだろう。むぐむぐとくぐもった声で非難されたような気もしたが何も聞こえなかったこととする。必然的に唾液にまみれた舌で指を舐められ、ナインは一気に体温が上昇したような錯覚を得る。
「や…ぐぅっ、」
 ゆっくりと奥まで収めてやると、クラサメが膝を震わせていることに気付く。
 表情は見えないが覆い被さるような体勢で全身から小刻みに震えが伝わってくる。それだけでも溜まらないというのに、ふと見れば手持ち無沙汰になっていたクラサメの左手は本人の意識があるのかは知らないが自らの下半身で蠢いている。禁欲的というイメージばかりであった指揮隊長のこんな痴態を見れるとはなんということだ、とナインはゆっくりと腰を動かし始めた。
 しかし、だ。
 行為は今からが本番であろうというその瞬間、まさにナインが一度腰を引いた一瞬でクラサメは振り返り、長い足でナインの腹を蹴り跳ばしたのだ。
「ぐえっ」
 あまりにも唐突であったために何が起こったのかを把握することができず、だらしなくズボンと下着をずらし下半身を全開にしながら目をぱちくりさせている間にも、彼の目の前ではテキパキと乱れていた衣服を真顔で直していくクラサメの姿がある。なんてことだ、とナインは完全に萎えた自身を見つめながら「どういうことだ」と力なく呟いた。
「どういうこともこうも、ない」
「それじゃ分からねぇぞコラ!抱かせてやるつったのはそっちじゃねぇか!」
「確かに抱かせてやるとは言った。だが、あまりにもお前は下手すぎる。もうちょっとなんとかならなかったのか」
「……はぁ?」
 唾液などで汚れてしまった手袋を見つめ舌打ち一つ。それらを口で外すと、ズボンのポケットへしまいこんでしまう。素肌を晒した手指は足とは逆に、想像していたよりも節くれていて、どこかごつごつとした印象だ。
「妄想だけ先走るのも結構だが、もう少しまともに事を進められないのか」
「…んだよ、それ」
「出直して来い」
「は」
「出直して来いと言った。出直して、もっとマシになったらもう一度来ればいい。まぁ、二度と来ないことを祈るが」
 先程はナインをそっちのけにして自慰に耽ろうとまでしていたというのに、今ではもう涼しい顔をしながら机の上に積み上げられた書類を整理しその両腕に抱え込む。
「なぁ、おい、これ酷くねぇか?俺はこの後どうしろってんだコラ」
「お互いこのまま続けるのは不毛だろう。勝手に一人で処理してこい」
「いやてめぇはどうすんだ」
「人のことはどうでもいいだろう」
 既に教壇から降りて回り込み、床に落ちたままだったマスクを拾い上げたクラサメに対し、ナインは苦々しい表情を作った。
 これ以上続けるのは不可能だ。既に彼は部屋へ戻るつもりだろうし、もう一度襲おうものならブリザガが容赦なく飛んで来てもおかしくない。ナインが諦めたことを確認したからか、そのままクラサメは無言で廊下へ姿を消していく。
 情けない、と胡座をかき肘をついたが、ふとナインは数分前までのあの痴態を思い出した。
 要するに手際が悪すぎて萎えたということで、感じていなかった訳ではない。ナインはクラサメの唾液が残ったままの左手を見下ろし、むき出しの自身を上下に扱き始めた。自分で勝手に処理しろと言われたならばするしかない。
 あのまま、あのまま進めていれば。
 晴れて童貞を卒業できていたかもしれない。もっと淫らな姿を見れたのかもしれない。もしかしたら自ら腰を振ってくれたりだなんて、とくだらない妄想だけが走り出す。上気した頬、白い脚、噛ませた指に這う舌。一度だけではあったがあの尻に自身を埋めた時に感じたえも言えぬ快感。
「………やべぇ」
 既にナインの内では二回戦の計画が練られている。トレイとキングには悪いがもう一度付き合ってもらうしかない。左手の中に吐き出した精液をぼんやりと見つめながらやはり、ナインの頭の中は花畑であった。


inserted by FC2 system