中途半端な独占欲


「これはいつの傷?」
「さぁ…多分、二週間ほど前に」
「二週間前?0組の支援の時?」
「クイーンが敵を殲滅した後も暴れて、その時に」
「じゃあこれ、クイーン君がやったんだ」
「本人には言うなよ」
「勿論。ボクは君の意思を尊重するよ」
 つぅ、と。
 少しばかり赤みを帯びたままの傷跡を指の腹でなぞってやる。引きつった声を出しながらも、カヅサの上に膝立ちで跨がるクラサメの表情に不快なものは浮かんでいない。信じられない程に今日は機嫌がいいらしい。酒の勢いなど借りなくても抱かれてやると言いながらキスをしてくれる始末。
 何かあった?と聞こうと思ったものの、上着を脱ぎ捨てたクラサメの体に見知らぬ傷跡を見つけて先にそちらを尋ねたのだ。これはクァールにやられた、こっちは皇国兵に殴られた、こっちはチョコボから落ちた時、これはトンベリと一緒に階段から落ちた。真っ当な理由から下らない理由まで様々であったが、前線で戦う一般兵よりも傷跡は少しばかり多い方の部類に入る。
「それにしても肩当てはしてたんだろう?すごい勢いで突進されたんじゃないの?」
「皇国兵なんぞよりも恐ろしい勢いだったな」
「奇声発しながら?」
「そりゃあもう」
「それで、クラサメ君はどうせ壁になろうって思ったんでしょ?他の0組の子を傷つけさせるくらいなら指揮官の自分が傷ついて目醒まさせてやろうだなんて馬鹿なこと考えたんでしょ?」
「馬鹿言うな」
「馬鹿だって」
「なら馬鹿でいい」
「どっちだよ」
「お前が馬鹿と思うなら、馬鹿でいい」
 そう言ってクラサメは身を屈めてカヅサの口を塞いだ。マスクはもちろん、放り投げられた上着とインナーはベッドから離れた場所に鎮座していて、カヅサの白衣と深緑のシャツも反対側の床に放置されている。もうこうとなってはやることは一つしかない。
「ふっ…ん……クラサメ、君?」
「黙ってろ」
 カヅサが行為をリードするのが常であったが、何の気まぐれかクラサメはそれを拒否するかのようにひたすら唇を貪ってくる。口内に舌を入れ、下を根元から引っこ抜かれるのではないかと吸い付かれ僅かばかりの見当違いな恐怖を覚えてしまう。
「ねぇ、ちょっと」
 ぐい、と肩を強く押してクラサメの体を引き離す。積極的なクラサメというのはカヅサにとって思わぬご褒美に近いものではあったが、何かが違う。クラサメの瞳は機嫌が良くて爛々と輝いているのではなく、獲物を狙う獣のそれだ。このままでは食われてしまう。
 クラサメに(色んな意味において)食われてしまうのは面白くない。不満げな顔もまた可愛いものであったが、見とれていたらそれに乗じて隙を見せてしまう。断固として上は譲らない、と肩口を押さえたまま全体重をかけて反対側へクラサメの体を押し倒す。
「駄目だよクラサメ君」
「いつもお前にばかり主導権を握らせてたまるか」
「たまるもたまらないも、いいからクラサメ君は大人しくボクに抱かれててよ」
「断る」
「クラサメ君は授業で疲れてるだろう?ほらほら、いつも通りボクがリードしてあげるから、クラサメ君はなされるがままでいいよ」
「だから、それを断る と…っ」
 拒否する言葉を吐くより先に胸の突起を突如として吸い上げられ思わず上擦った声が漏れる。結局のところ、散々文句を言おうとも最終的にカヅサにいいようにされてしまうのが毎度のパターン。やめろと言いながら自由な両手でカヅサの手首を掴み拒絶しようとはしているものの、大した抵抗には見えない。
「はいはーい体は正直だねークラサメくーん」
 とんだ棒読みで甘い言葉を吐いてみせる。
 雰囲気などぶちこわしな声音だったがそんなことはおかまいなし。綺麗に割れた腹筋がもどかしげに上下する。指摘すれば顔を真っ赤にして照れてしまいそうだ。あえて言わず、カヅサはその痴態を存分に視姦しながら再び口づけた。
「焦ら、す な」
「焦らしてないよー?クラサメ君が急いでるだけさ」
「ふっ…ざける、な」
「ふざけてないって」
 触れるだけのキス、離れると次は鼻の頭にやはり触れるだけのキス。
「…もしかして、そんなにボクにされたいの?」
「自惚れるな」
「言ってることとやってることがアベコベだよ」
「っ…!うるさいっ」
 顔を赤らめて文句は言ってみた者の、反論できる要素は無い。意地悪げな笑みを浮かべたままカヅサは残るズボンのベルトに手を掛け始めた。拒否する理由も無くクラサメはカヅサのベルトを外す作業にとりかかる。ベルト少ないデザインのに変えなよ、とカヅサは垂れた。
「毎回外すのに時間かかっちゃうんだからさ、普通の武官と同じような…駄目だ、あれもあれで脱がすの大変そうだね。いっそのこと候補生の制服とかは?」
「お前は何を言っているんだ」
「制服なら脱がせやすいだろう?まだ魔力だって残ってるんだし、どうせ前線に出る機会も増えてるなら院長に申請してみたらどうだい?氷剣の死神復活、って…」
「…」
 一気にクラサメの顔から表情が消え去る。代わりにマイナスの感情が表情に浮かぶ訳でもなく、ただ笑みが消え何の感情をも表情に乗せず、体の動きが止まりじっとカヅサの瞳を見つめる。地雷を踏んだとカヅサが気付いたのはそれからだ。
 調子に乗ってやってしまった、とカヅサは息を吐いた。
「…ごめん」
「別に…気にしてない」
「気にしてるじゃんか」
「してない」
「してる」
 してない、と再三クラサメは言うと上体を起こし、カヅサの首に腕を絡めて顔を肩口へ埋める。表情は隠れてしまって見えない。
「次言ったら承知しないからな」
「…うん」
「ブリザガで氷漬けにしてやる」
「…はい。すみませんでした」
 最後の関しては本気だ。耳元でドスのきいた声音と共に囁かれ一気に縮み上がる。
 しかしその反応に満足したのかクラサメはぱっと体を離し、顔にも少し寂しげではあったが表情が戻る。氷漬けにされるのも悪くないだなんて一瞬だけ思ったのは内緒だ、言えば今すぐにでもその願いを叶えてくれるだろう。
 中途半端に外されたままのベルトが鬱陶しかったのか、クラサメは何のためらいもなく自分でするすると抜き始めた。醍醐味が!と悲壮感溢れる情けない声を出したカヅサを見、にやりと口の端を上げた。
「これでおあいこだ」
「ひどいよクラサメ君…」
「ベルトが外しにくいと言ったのはお前だろう?わざわざ自分で外してやったんだ」
「難関な程攻略のし甲斐があるんだよ…」
「知ってる」
 僅かな間カヅサはがっくりとうなだれていたが、ちらりと上目で表情を伺ってクラサメの機嫌が戻ったことを確認すると再び狭いベッドに押し倒す。今度は抵抗もない。ベルトが外された後のズボンをずるずると引っ張る。
 上と同じ黒のインナーも一緒に下げてやろうかと思ったが、まずは布越しに額へ、鼻へそうしたように股間にキスを落としてやる。
 途端に「やめろ」と呆れた声と一緒に長い足が伸びて来てカヅサの顔面に押し付けられてぐりぐりと力を込められる。仕方なく顔を引き、眼前に差し出された裸足に舌を出す。骨張った親指を口に含んでやり、わざと卑猥な音を立てて舐め回し始めた。
「どこをッ…舐めてる…!」
「足の指、だよ?」
「そんなのは分かっている!」
 ちゅぷ、と淫らな音が響く。
「クラサメ君、顔、真っ赤。興奮してる?」
「っ!して、ないっ」
 はいはい口先だけね、と親指から唇を離す。
「隠さなくていいんだよ?ボクも興奮してるんだから」
「変態め…」
「クラサメ君だって、舐められて興奮してる変態だよ?」
「…うるさい」
 ベルトが抜かれてボタンを外されたまま放置されていた自分のズボンも下ろしてしまうと、下着も一緒に脱ぎさる。なんだかんだとからかってみたもののそろそろ限界だ。
「本当に随分と…興奮しているんだな」
 下着を脱ぎ去った下半身を見つめ一言。ため息も一緒に溢れそうな声音だ。虚勢を張ってリードしているつもりだったようだが、それこそ『体は正直』だった訳だ。情けない顔をしながら仕方ないだろ、と落ち込む真似をするが、それが先程いきなり不機嫌になってしまった気分をどうにかして戻そうとしているからだとはさすがに分かっている。
 お互い気を使い合うのが下手なものだと顔を見合わせて苦笑い。十年近い付き合いになってくると互いの悪い癖くらいは把握しているつもりだ。クラサメは素直に感情を出そうとしない、カヅサは本心は隠しているつもりで感情を丸出しにする。そして行為の最中でも空気など完全に無視して好き勝手振る舞うのは共通の癖。
「欲情するなって方が無理だよ…」
「否定はしない」
「ほんと?」
「一応、な」
 おいでおいで、と手招きするカヅサに大人しく従って体を起こすと、最後まで残っていたインナーを下ろされる。振り出しに戻って再びカヅサの上に膝立ちで跨がっている体勢となったが、後孔をさぐるように硬い尻を弄られ身をくの字に曲げる。首に腕を回して声を漏らさないように唇を噛んでいるのだろうが、生憎その口はカヅサの耳元だ。僅かな息づかい、閉じた唇から漏れる音が筒抜けだ。
「ふ…んっ…」
 殺し切れていない声ほど生殺しにされる声はない。早く蹂躙してしまいたいという気持ちを抑えつつ、ゆっくりと指先を埋めていく。ぐりぐりと入り口辺りをこすってやれば何かを期待しているかのような少し高い声が漏れる。
 漏れてしまったことが恥ずかしいのか、きゅ、と一段強く唇を噛み締める音がする。そんなに強く噛んだら傷になるよ?と声を掛けたところで緩めるはずもなく。
 ならばとっとと啼かせてやればその薄い唇に傷も付かないだろうと邪な考えを抱いたカヅサは不意にぐ、と指を中程までねじ込んだ。
「うっ」
「もっと声、聞かせて」
「や、いや…」
「困ったなぁ」
 もう一本、と中指も狭い孔にゆっくりと侵略させていく。再び引きつった声が上がるが、今度は休めることなくお目当てのものを探し始める。指を動かす度にクラサメの肩が震え、唇から甘い吐息が溢れる。耳朶に触れるのはたまらなく色を含んだ声。背中に回された腕に力が込められ、わずかな痛みを催す。その痛みが突然強まり、何事かと思えば例の探し物を探り当てたようだ。少し内を指でこすってやると、途端にあられもない声が飛び出した。
「ひっ…」
「ここ?」
「やめ…やめろ、カヅサ!」
「やっと名前、呼んでくれたね」
「は…っ?」
 一度指を抜いてやると力が抜けたのかずるずると膝立ちの体勢から崩れて行き、カヅサに体を預けるような形で倒れ込んでくる。
「クラサメ君、随分と機嫌良かったみたいだけどボクの名前呼んでくれなくてさぁ。ちょっと意地悪したくなっちゃったんだ。ごめんね」
 仲直りのちゅーだよ!とやはり雰囲気などぶち壊す勢いで涙が薄らと溜まっていた目尻に吸い付く。
「そんなに」
「ん?」
 ぼそりと呟かれた言葉に、俯いたままのクラサメの表情を伺おうと下から覗き込んだ。すると頬を上気させたままだが、しっかりとカヅサの瞳を見据えて告げた。
「そんなに名前を呼んでほしかったらいくらでも呼んでやる。カヅサ、カヅサ、カヅサカヅサカヅサ、カヅサ・フタヒト、カヅ…っあ、あ カヅサ、」
「力抜いて、名前、呼んで」
 指を抜かれた後孔にずるずると埋めるように随分と主張の激しいものを押し込まれて行く。
「カヅサ、カヅサ カヅ サ」
 ただひたすらに名前を呼ばれるのも悪くない。いつも『呼ぶ側』であるカヅサはこの状況にかなりご満悦の様子で、息を詰まらせながら名を紡いでくれるクラサメの唇に触れるだけのキスをし、すぐに離す。行為に及ぶことは珍しいことではなかったが、それでも挿入されることに慣れることなどないのか、形のよい眉を寄せて苦しげな声を漏らす。
「カヅ、サ」
 クラサメは律儀に名を呼び続ける。
 耳元で親友の甘ったるい声を聞くことに集中していたが、ふと視界に入ったのは震えている右肩と、そこに刻まれた傷跡。
 クイーンが暴れた時についた傷だと言っていたが、面白くない。実に面白くない。部下を守るためだったとはいえ、自分ではない誰かにつけられた傷に嫉妬心を丸出しにしたカヅサは段々とクラサメが腰を下ろしていってくれるのを感じながらその右肩にかぶりついた。
「つっ!?何、どこを、」
 歯形がくっきりとつくほど噛み、更にクラサメの眉根が寄る。カヅサの腕が腰に回されぐいと強く引き寄せられる。
「んあ、あぁ…」
「気持ちいい?」
 口を離せば右肩に残るのは赤い歯列の痕。
「っ、あっ…」
「照れ屋さんだなぁ、全く」
 腰を完全に落とすように導いてやると、体をふるふると震わせながらもその手に従って後孔にカヅサのものを受け入れて行く。汗がむき出しの肌に薄らと浮いてきて、いよいよ余裕が無くなってきたのだろうカヅサの質問に答えることはない。
 試しに軽く上下に突き上げるように動いてやると、噛み痕をつけてやったばかりの肩が跳ね上がる。
「カヅサっ…!」
 驚いたのか再びカヅサの名を呼ぶ。
 腰を動かす度に背中に回された指に力が籠り、爪が僅かな痛みを伴って背に埋まる。これじゃボクの背中にも痕がついちゃうね、と耳元で囁けばはっとした表情で「すまない」と涙目のまま律儀に返される。
 律動的に腰を揺らされ、動きと共にくぐもった声が駄々漏れとなる。
 官能的なその姿をしばらく見入っていたかったがそうにもいかないらしい。友の中でぎゅうぎゅうと締め付けられて睦言を投げかけてられないほどに切羽詰まって来、彼自身は知らずの内に自ら腰を上下に動かし始めた時点でこれ以上の我慢は無理だと悟った。
「クラサメ君ごめん、もう 無理っ…」
「っ、あ カヅサ カヅサっ…!」
 何度かそう名前を呼ばれ、白濁した液体を放った。




「これはいつの傷?」
「…二週間前」
「じゃなくて」
「二時間前に、お前に噛まれた痕」
「よくできました」
「どの口が」
 尻を蹴られ、狭いベッドの中で隅に追いやられる。
 赤く腫れ上がった肩には丸い痕。数日もすれば消えてしまうだろう程度だったが、カヅサはご満悦らしい。それなりに独占欲は強い方だが、中途なところで満足してしまう節がある。やろうと思えば傷跡の上に更にナイフでも使えば消えない傷を上書きできただろうに、とクラサメはぼやいた。
「こんな噛み痕じゃ誰かに見られたときに面倒だ」
「見られる予定があるのかい?」
「戦闘訓練の後、更衣室で」
「誰に!?」
「誰にも糞も、0組にだ」
 ああなるほど、とカヅサは思わずがばりと起こしていた身を再びベッドに沈めた。
「あの子たちから見たら珍しいもんねぇ。いつも仏頂面で、マスクを外したらどんな顔だろうって」
「そういうことだ」
「その上傷跡が多いから、どんな歴戦の勇者だとか、変な想像持たれてるんでしょ」
「あぁ。チョコボから落ちたと言ったら幻滅された」
「じゃあその傷跡聞かれたら、正直にボクに噛まれたって言えばいいよ。そしたらもっと幻滅されるし、ボクとの仲を「ふざけるな」」
 今度こそベッドから蹴り落とされ、情けない格好のままカヅサは頭から床へ落下した。
 幸い眼鏡は外したままだったので鼻を赤くしただけで済んだが、抗議の声を上げる。
「クラサメ君も変な期待抱かれずに済むし、変態認定されれば何しても楽だよ?いいじゃないか」
「よくない」
「なんでさ」
「いいか、これはドアに強打しただけだ。どこかの変態に噛まれた訳では断じてない」
「ボクはドア?」
「お前は変態」
「じゃあボクも、背中が痛いのはドアにぶつけたからなのかな?」
 これ見よがしにクラサメに背を向け、ベッドに腰掛ける。肩甲骨のあたりには爪が食い込んだであろう、小さな赤い半月状の痕。
「…そうだ。お前もドアにぶつけた」
「……強引だね」
「お前もな」
「じゃあ最後に質問」
 そう言ってカヅサはベッドに倒れ込んだ。勿論クラサメは身を丸めて回避した。互いの吐息が触れるほどの距離で、「これはいつの傷?」と三たび右肩の傷跡をなぞりながら尋ねた。
「ドアにぶつけた」
「…………ここまで来てそれはないよクラサメ君」
「二時間と二分前に、カヅサ・フタヒトに噛まれた痕」
「大正解。大好きだよ、クラサメ君」
「気持ち悪い」
 真顔でそう言いながらも、顔をぐいと近づけられてキスを食らわされても拒否する意志は見せない。無表情と見られがちな親友が終始上機嫌だなんて、滅多にない機会だ。カヅサはそのままのしかかるようにクラサメの体に覆いかぶさる。
「気持ち悪くて結構。ねぇボク、まだ物足りないんだ」
「そうだろうな」
 呆れた声音で漏らし、今度はもっと強く爪を食い込ませてやろうと画策しながらカヅサの首に再び腕を回した。




inserted by FC2 system