バナナはおやつに入りますか?


 補講。
 ほこう。
 ホコウ。
 補講。その単語がただひたすらに14人の頭の中を巡る。一番その言葉に対して反応が早かったのはケイトで、「拒否っ!」と机を叩きながら立ち上がった。
「アタシらの授業が遅れ始めたのって実戦演習とか挟んだからじゃん!その上座学の補講すんの?あり得ないっつーの!」
「座学は足りている。院外での補講だ」
「そういう問題じゃねぇぞコラ!」
「じゃあ何が問題だという。魔導院で学ぶべきカリキュラムが終わっていない。ただそれだけだ。実戦演習は単位として認定されるが、他の院外授業の振替となる訳ではない」
 クラサメは涼しい顔で回収した空欄が目立つテストを整える。何か質問はあるか、と彼が声をかけるとシンクが真っすぐに手を挙げた。
「バナナはおやつに含まれますか〜?」



いいえ、バナナは主食です



 お決まりの質問に対してクラサメは「遠足じゃないから勝手にしろ」という投げやりな返答をよこした。
 すると支給されたランチパックとは別にシンクはバナナを鞄に詰め込んでおり、ケイトはチョコを忍ばせている。ジャックは集合前から既に口の中で飴玉を転がしているし、とんだクラスを受け持つことになったものだ、とクラサメはため息をついた。
「集まったようだな」
「はいは〜い!まだナインが来てませ〜ん」
「……あの馬鹿は何をしている」
「僕、さっきトイレに入って行ったのを見たよ〜。お腹でも壊したのかなぁ」
「…」
「そういえばその後白衣を着た方と何かを喋っていました。…武装研の方でしょうか…」
「…」
「あ、それアタシも見た見た!眼鏡かけてて、な〜んかアヤシイ喋り方する人でしょ?」
「…」
「クラサメ隊長?」
「各自この場で待機。ナインが到着するまでに装備の確認をしておくように」
 常に眉間に皺を寄せているような表情をしているクラサメであったが、更に眉間に皺を寄せながらそう吐き捨てると、ゲートを抜けて再び噴水広場の方へ向かって行く。「どうしたのでしょう」とクイーンは首を傾げたが、数分後に気絶をしているのか、ぴくりとも動かないナインを引きずって再び現れたクラサメの表情を見るとその疑問は消し飛んだ。
 どうやら気絶しているのではなく眠っているのであろう、顔色はいつも通りだが眉根を寄せたナインを引きずるクラサメの表情はやけに涼しい。一体何をしてきたのかは知らないが、爽快感を含んだような笑みにも近い表情は何が起きたかを尋ねてはいけないような雰囲気を醸し出しており、クイーンは勿論のこと、いつもなら空気の読めない質問を投げかけるシンクでさえも黙っていた。
「全員揃ったな」
「……気絶してるぞ、ナイン」
「その内目が覚める。今回の補講は街人からの依頼達成だ。コルシの洞窟に住むクァールが冬眠から目覚め、街に出没しているらしい。0組は大きく二手に分かれ、片方は街へ侵入したクァールの殲滅、もう一組は洞窟内へ侵入し痛めつけてくるようにとのことだ」
「二手…ということは、班分けをするのでしょうか?」
 そういうことだ、とクラサメは頷くとナインの襟首から手を離す。どさりと冷たい魔導院の床にナインの屈強な体が墜落するが、別段気にした様子もなくごそごそと懐から紙切れを取り出す。何が書いてあるのかは分からないが、それを見ながらクラサメは「既に班は決定済みだ」とも告げた。
「デュース、エースそしてケイトがA班、キング、トレイ、セブンがB班、ジャックとマキナ、ナイン、シンクがC班だ。サイスとクイーンがD班だ。残りのエイトとレムがE班とする。それぞれ最初に呼ばれた者が班長として責任持って行動するように」
 随分と偏っている。しかしトレイがそれを指摘するよりも先にクラサメは淡々と続けた。
「街のクァールを追い出すのはC班とD班だ。残りの班は洞窟へ侵入し、レッサークァールと親玉のクァールを殲滅すること。深追いする必要はない。E班は実際に様子を見てから洞窟へ向かうか街へ向かうかを決める。いいな」
「…あまりよくありません。質問の許可をお願いします」
 静かにトレイが手を挙げる。
「なんだ」
「あまりにも遠距離、近距離タイプが偏っているかと思います。そもそも今回の依頼は…」
「それくらいは承知の上だ。クイーン、お前はクァールの行動パターンを知っているか?」
 トレイの指摘を軽くあしらい、クラサメはクイーンに問いを投げかけた。彼女は一瞬肩を震わせ驚いたようだったが、はっとした表情となり「はいっ」と答えた。
「クァールは追いつめられるとブラスターという固有の技を使います。あの技を使われると即死するとも言われていて、近接戦闘は非常に危険です」
「完璧だ。洞窟内に徘徊するクァールは遠距離から排除する。討伐しきれず近距離戦となった場合への対処を各自考えておくように。街に出没するクァールは飢えているため回りくどい真似はしない。人を襲う前に仕留めろ」
「なるほどね〜、適当な班でも無かった訳だ」
 少し刺を含んだジャックの言葉だったが、クラサメは無視して動く気配を見せないナインの腹をつま先でつついた。
 すると一度だけびくん、と体が痙攣したようにひくついた途端ガバリとナインは起き上がり、「だーーーーーーーー!!」と訳の分からない声を上げる。
「あの眼鏡!あの眼鏡!!何しやがったんだ!何も!覚えてねぇぞコラァ!!ってなんでクラサメてめぇがいるんだよ!ここどこだよオラァ!?」
 喚き立てる彼の頭にどすりと鈍い音を立てて包丁の背を振り下ろしたのは無言のトンベリだ。クラサメの手を煩わせまいと小さな手足を伸ばしてナインの背中を蹴り付けてくる。立て、という合図だと理解できたのは「何すんだコラァ」と言いながら立ち上がるとトンベリの攻撃が止んでからだ。
「カヅサには私から文句をつけておいた。時間が無い。演習内容は道中マキナにでも聞いておけ。……それからアレに目をつけられたなら諦めろ。奴は粘着質だ」
 多少の慰みを含んだ声音はどこか悟ったものであり、ナインは訳が分からないままにとりあえず頷く。
「これで今度こそ全員揃ったな。出発だ」




「隊長〜、バナナ食べてもいいですかぁ〜?」
 魔導院を出発して五分。チョコボに揺られながらシンクが器用に手を挙げた。
「まだ昼にもなっていないぞ」
「シンクちゃんお腹空いて力でませ〜ん」
「…好きにしろ。ただし、皮はそこらに捨てるなよ」
「りょぉか〜い!」
 そのまま彼女は片手でバナナの皮を剥き、やはりチョコボに跨がったままもぐもぐと食べ始める。その素晴らしいまでのバランス感覚を頼むから別の場面で発揮してくれと頭痛を感じながらもシンクとは反対側を見れば、チョコボ好きと言っていたはずのエースが悪戦苦闘をしている。
 どうやらチョコボを見るのは好きでも乗るのはあまり得意でないようだ。ドクター・アレシアから候補生たる為の戦闘訓練は受けており、何ら不安はないと言われてはいたがこれは不安だ。非常に不安だ。エースが真っすぐ走らせるのに苦労している向こう側ではキングが左右に揺られている。チョコボの騎乗訓練の補講をしなくてはならない、と更に頭痛の種は増える。
 むちゃむちゃとチョコボの足音に負けないくらいの音をたててバナナを頬張るシンクにはマナーを教えなければならないだろうし、居眠り三秒前という危険な状態で乗っているジャックにはきつくお灸を据えなくてはならない。問題児を担当として受け持ったことはあるが、ここまで自由きままな生徒を持ったのは初めてだ。もしかしたら12組をも超えるかもしれない。そんなクラサメの心中を察してかどうかは知らないが、彼のチョコボに並走させて話掛けて来たのはレムだ。
「…すごいんですね、0組って」
 反対側からはマキナが近寄ってくる。
「伝説って言うから、なんでもできるものだと思ってたけど…案外、そうでもないんだな」
「そうそう。昨日はケイトが課題分かんない〜って泣きついて来たし、実は普通なんだね」
「…お前達、それは私を挟んでする会話か?」
「すみません。でも私、クラサメ隊長も候補生の時は今の0組みたいにすごかったって噂聞きました」
 大人しそうに見えるレムだったが、一度こう喋り始めると止まらない。
「隊長、かっこいいから7組でもすごい人気だったんですよ!候補生の時から今の0組みたいに活躍してて、でもそれと同じくらいおかしな噂もいっぱいあったって1組モーグリが…」
「……おかしな噂?」
 反対側でマキナが首を傾げる。
「そうそう!エースは裏庭のベンチでよく寝てるじゃない?隊長はテラスのベンチでよくお昼寝してて、そういう日は必ず夕立に遭ってたって!」
「なんだそれ!隊長、本当なのか?」
「…」
 クラサメは答えない。
「他にもね、演習に行ったっきり一週間以上音信不通になって何事か!って大騒ぎになったんだけど、その後何事もなかったかのように魔導院に帰って来てみんなを驚かせたとか、あまりにも授業中の居眠りがひどかったから廊下に立たされて、でも今度は立ちながら寝てたとか!」
「…それも1組モーグリが?」
「それは確かエミナ教官が教えてくれました…ってあれ、内緒にしててって言われてた…」
「…」
「なんでエミナさんが出てくるんだ?」
「えっと…その…」
 不意に黙り込んだクラサメを横目で見ながらレムは視線を泳がせる。
「エミナは私と同時期に候補生に昇格した。…だから余計なことを知っている」
「余計なことじゃないですよ!私たち、隊長のこともっと知りたいんです」
 レムはふわりと笑って続けた。「これから戦争が激化したら、0組としての出撃命令だって増えると思うんです。そんな時に、やっぱり頼れる隊長が居てくれたら私たちも安心して出撃できます。現場で指示を出してくれなくても、隊長の命令を【COMM】越しに聞くだけで安心できるようになりたいんです」
 そう言うとクラサメは幾分か目を丸くしたが、少しだけ笑ったような表情を見せた。
「…そう言うなら教えてやる。その噂は全て本当だ」
「えぇっ!?」
 驚いたマキナが思わずバランスを崩し、チョコボから落ちそうになる。途端に「大丈夫ですか!?」と後方からデュースの声がするが、マキナは手を挙げただけで応えた。
「こう見えても成績は優秀でな。よくミッションで院外に居ることが多くて授業中は睡眠時間だったな。ミッションを受ければ今と違ってどの単位としてでも認定される融通が利いたからこそできたことだったが…」
「じゃ、じゃあ昼寝して夕立っていうのは…」
「毎回でもなかったが、授業を抜け出す回数自体が多かったから夕立に遭った回数も多い。それだけだ」
「……意外。隊長もナインみたいに授業サボってたんですね」
「私の場合は単位が足りていたから問題なかった。だがナインは…このまま欠席が続くようなら一度呼び出すべきだな。あんな態度では到底単位をくれてやることはできん」
「でもナイン、ああ見えても課題頑張ってるんだ。レムはケイトに泣きつかれたって言ってたけど、この間クリスタリウムで閉館時間になってもナインが調べものしてて驚いたよ。今度こそ一発で課題受け取ってもらうんだーって言ってた」
 マキナは少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 本当はもっともっと伝えたいことは色々あったのだが、言ってしまうとナインたちの面目が丸つぶれというものだ。3組のクオンというナイン曰く『オリエンスいけ好かねぇランキングベスト3』に入る候補生に頭を下げて課題を見てもらったりだとか、戦術の課題は知り合いの朱雀兵に尋ねたりだとか。ナインだけでなく「トレイだとうるさいから」と理由ではあるがジャックやエイトからも課題を見て欲しいと言われることだってよくあったが、それも全て彼等のプライドの為に黙っておくことにする。
 きっとレムも同じことを思い描いているのだろう。二人は目を合わせて笑った。
 その後ろでシンクはバナナ一房を完食していた。




 シンクから分けてもらったバナナを頬張るのはジャック。物欲しそうな目で見つめているのはナイン。呆れたような視線を送っているのがマキナだ。
 コルシの街は大して広い訳でもなく、人も多い訳ではないのだが皆クァールを恐れてか家に閉じこもっており、人の気配はしない。サイスが鎌の調子を確かめながら「それにしてもクァールなんてどこにも居ねぇじゃないか」と愚痴を漏らした。
「恐らく人の気配を察知して身を潜めたのでしょう。…ですが、今回はわたくしではなくサイスとジャックが班長です。わたくしたちはあなた達の指示に従いましょう」
 クイーンは色々喋りたそうな口調だったが、クラサメの刺すような視線を感じて咳払いを一つ払う。
「班長ねぇ…。なぁ隊長、どう考えても適任が班長外されてるのは意図的か?」
「そう思ってもらって構わない。クァールの行動については先日の授業で一通り説明したはずだ。仮にも人命がかかっている。分からなければ班員に聞くといい」
「…あいよ。じゃ、あたしとクイーンが外の森を捜索して、ジャックらが街中でいいんじゃないか?あたしの武器じゃ街中で暴れられないよ」
 どうする、班長さんと問われたジャックは不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「それでいいと思うよ〜、お互い発見したら【COMM】で連絡するようにしたらいいんじゃないかなぁ」
「同感。できればエイトとレムを借りたいよ。あたしらだけじゃ街の外を見回れないよ。あたしらが森を見回って、見通しの言い平原をレムとエイトに頼みたいとこだね」
「いいだろう。では、E班もこちらの担当だ。任せたぞ」
 案外あっさりと提案を受け入れられたことが意外だったのか、サイスは「あ、おい」と思わず呼び止めた。
 表情一つ変えずにクラサメは振り返る。
「いーのかよ。アンタにはアンタのプランがあったんじゃねぇのか?」
「…お前達は命令がないと動けないのか?」
 答えるのではなく、逆に問い返されたのは氷のように冷たい言葉。
「確かに私は私の作戦がある。だが、いい加減お前達は自分から考える気にはならないのか?」
「んだとコラァ!」
 ナインがその胸ぐらめがけて突っかかるが、初対面の時のように裏拳で弾き飛ばすようなことをせず、結果身長の高いナインの方がクラサメを見下ろす体勢となってしまう。しかし当の本人は鋭い視線をナインに送り続けている。
「メンバー編成には文句を言うくせに自分からの提案は無し。お前達が魔導院へ来てからの功績は確かに輝かしいものではあるが、その全てがドクター・アレシアからの指示だろう?ドクターを悪く言うつもりなど毛頭ないが、それだけの戦闘能力があるならば自分自身の考えで動くことを覚えろ」
「…わたくし達、自身で…?」
「命令が欲しいならくれてやる。『提示された条件下で最適と自らが考える作戦に沿い任務を遂行せよ』とでも言えばいいか?」
「では、わたくし達は『その任了解しました』とすればよい、と?」
「そうだ。諸君らはこれから軍を通じた作戦以外にも今回のように市民の依頼を受ける場合がある。その際は私からは制約を設けさせてもらう。その後諸君ら自身でその限られた条件での立ち居振る舞いを考えろ」
 そう言うとようやく襟首を掴みあげていたナインの手を払った。
 それに対して彼は語気を荒げることはなく、むしろ少し意外そうな表情で「あ、あぁ悪い」と告げた。そしてそれ以上何かを言うこと無く、無言で獲物である槍をその手に持つと街の中心部の方へとよたよた歩いていく。
「アンタの言いたいこたぁ分かったよ。じゃ、あたしらはその通り好きにさせてもらうさ。ジャック、ここは任せたよ」
「はいは〜い。レムもサイスもよろしくね〜。あ、あと洞窟組も頑張ってね〜」
 いつも以上に気のない返事だ。背後で待機していたセブンのため息が聞こえた気すらする。
 しかしこれ以上無駄話に裂ける時間がある訳もなく、ひらひらと手を振るジャックと頭を抱えるマキナたちを残し、クァールの住処となるコルシの洞窟めがけて出発する。途中の平原でレムとエイトを見送り、森の中を突っ切るうちに早速レッサークァールを発見しクイーンが始末した。
 サイスとクイーンを同じように森の中で見送った後に残ったのは洞窟組、とまとめられた遠距離を得意とするメンバーであった。
 そんな中、ケイトが不満を隠そうともしない膨れっ面を見せていた。原因は先程のクラサメの発言であろうが、同じように不快感をあらわにして眉根を寄せているトレイの隣でエースは酷く上機嫌で、今にも歌いだしてしまいそうな表情を見せていた。
「エース、なんでアンタそんな上機嫌なのよ。あんだけ好き勝手言われてもいい訳?」
 たまらずケイトが愚痴を零す。
「だって、楽しそうじゃないか」
「楽しそう、ですか」
 思わずトレイも食いつく。
「僕らはいつもマザーの命に従って来た。作戦だって、隊長や軍の命令に従って来ただろう?なんだかこういうの、新鮮でさ」
「わたしも同感です」
 デュースは頷いて続けた。「それに、臨機応変に動くということはいずれ必要なことだと思います。作戦中に本陣との連絡が途絶えたり、不測の事態に対処できるようにはならなくちゃいけないと思います」
「それはそうだけどさぁ」
 やはりそれでも不満は残るらしく、ケイトは数メートル先を歩くクラサメに首を傾げる。
「なんかさぁ、シンクも言ってたけどあの人愛が無いよ。マザーみたいに褒めてくれる訳でもないし、あーしろこーしろばっかじゃん」
「でも、それだけわたし達を気にかけてくれてるとも考えられますよ」
「それでもやっぱりキツい作戦成功させた時とかは褒めてほしいじゃん。マザーならぎゅーって抱きしめて撫でてくれるっつーの!」
「ケイト、そこまで言うなら今度隊長に頼んでみたらどうだ?」
 呆れた声を投げかけたのはセブンだ。見かけ以上に重たい鞭剣のコンディションを確かめながらぺしぺしと手のひらに叩き付けている。少しストレスが溜っているサインだ。
「私たちは確かにマザーの子供だ。でも、そんなこと隊長にとってはどうでもいいことなんだろう?確かにあの態度は気に障るが、あれが候補生にとっての『普通』なら、私たちはそれに従うしかない。…マザーなら、いつでも抱きしめてくれるだろうしな」
「そういうことだ。今は何を言ったところで無駄だ。そんなにアイツに撫でてもらいたいなら、目玉が飛び出るほどの成果をたたき出して行動で示すことだな」
 別にアイツに撫でてもらいたい訳じゃない!とケイトは叫ぶ。
 しかし遅いぞ、という叱咤の声が前方から飛んでくると「了解しーまーしーた!!」なんてムキになって噛み付いていくものだから、セブンが鞭剣を弄っていた手を止め、そして思わず全員がクスリと笑った。




「…暗くてじめじめしてるところ、苦手です…」
 レッサークァールの殺気を感じながら、デュースは少し体を震わせた。
「確かに、こうも湿度が高いと不快ですね」
「でも、やるしかないんですよね…。えっと、どうしましょう、キングさん」
 俺に話を振るなとでも言いたげな視線を送ろうとしたが、そういえば今回は何故かその任に最適であろうトレイではなく自分が選ばれていたことを思い出す。マガジンの調子を確かめながら「手分けだ」と告げた。
「この洞窟は確か大きく二手に分かれていたはずだ。最奥部の方へ進むのが俺たちだ。もう一方をデュース達に任せる」
「はい、そうしましょう。ではクァールのブラスターには気をつけて進みましょう」
「はいはーい!じゃ、アタシとセブンが前衛で動きを引きつけることを提案しまーす!」
「それが得策でしょうね。では皆さん、くれぐれも深追いせずに追い払うことが目的であることを忘れないように」
「では私は最奥部の方へ同行するとしよう。各自、危険だと思った場合はすぐに撤退するように。以上だ」
「…アンタも戦うのか?」
「不服か?」
 いや、そうじゃないけどとエースは困惑した。その続きをケイトが引き継ぐ。
「氷剣の死神はとっくに引退したって聞いたよ。そんな奴がクァール相手とはいえ戦っても大丈夫なの、ってこと」
「どこでそんな話を仕入れて来たかは知らないが…確かにブランクはあるが、戦えない道理は無い。諸君らの指揮隊長となったということは近いうちに再び戦場に立つこともあるだろうからな。その時に体が鈍っていては話にならない」
 そうとだけ告げると、各人がそうしているように自らの武器を構え、切れ味を確かめるかのように分厚い手袋でなぞる。
 冷気を放つ剣はただそれが存在するだけで気温を何度か下げてしまいそうな気すらする。ケイトは自分の発言がとんだ失言であったと気づいたのか気まずげな表情を作ったが、クラサメは何も気にしていないというような表情で「行くぞ」とだけ言い、霞掛かって視界の悪い洞窟の奥へ消えていく。
 置いてかないでよ!とケイトが非難の声を上げながら走っていき、それにつられて五人も走り出す。
「三叉路だ、俺たちは東を行く。デュース達は最奥を任せてもいいか?俺たちの班は如何せん機動力に欠ける」
「分かりました。では、お互い気をつけていきましょう」
「…隊長」
「なんだ」
 少し言いだしそうな顔をしながら、キングは慎重に言葉を選びながら発した。
「俺たちが奥でクァールを追い払ってる間、洞窟から森へ抜けるレッサークァールを頼んでもいいのか?」
「いいだろう。私は洞窟の入り口で待機していればいいな?」
「あぁ」
 分かった、と短く告げると再び三叉路を引き返していく。いつも以上に感情の籠っていない口調であったので、また地雷でも踏んでしまったかとキングは神妙な面持ちで首を傾げた。しかし思い当たる節もない。
「…なんか、読めないな」
「えぇ」
 弓の調整が終わったのか、トレイは一本目の矢をつがえながら呟く。
「もー、隊長のことなんてどうでもいいっつーの!とっとと親玉狩ってミッション終わらせるよ!」
 魔装銃のチャージは完璧だ。あとは突撃するだけとケイトは鼻息荒くする。その様子を見てエースも同じように武器を構え、「話していても無駄だ。行こう」と言いながらも走り始める。班長はデュースだろ、だなんていうセブンの忠告などおかまい無しにつっぱしっていく二人にため息をつきながらも彼女は彼女でキングを無視して先へ進んでいく。
 何にせよ早くこんな任務を終わらせてしまいたいのだろう。キングもトレイもその心境には激しく同意であり、恐らく置いて行かれそうになったデュースも同じことを考えているからこそ、大した憤慨も見せなかったのだろう。
「全く…今日は隊長難だな……」
 引き金を絞り、滝に佇むクァールの額に照準を合わせるとキングはそう呟いてから指に力を籠めた。
 接近される前に打ち倒す。セブンが中央で鞭剣を振り回し牽制している間にもトレイとキングは一頭ずつ、正確な射撃で仕留めていく。【COMM】からはジャックとサイスのやりとりであろう、怒号にも混じった声が漏れ込んでくる。クァールを仕留め損なった訳ではなく、シンクが転んだだとかランチパックをクァールに奪われただとか、果てしなくどうでもいいことで喧嘩をしているようだ。
『ちょっとジャック、サイス!二人ともうるさいっての!』
 その通信に割り込んで来たのはケイトだ。
『あんたたちが騒ぐと後でクラサメに怒られんの全員なんだからね!』
 この通信は全てクラサメにも筒抜けだぞ、というつっこみはしないでおく。そんな茶々を入れればもっと話はややこしくなるだろう。呆れたセブンが数メートル先で怒りに任せたような一撃で最後のレッサークァールの頭を砕くと、滝壷からぬっと姿を現したのは親玉クァール。
 その姿を確認するや否や、巨体はセブンを無視して一直線にトレイめがけて突進してくる。頑丈な弓で体を食いちぎられることだけは防いだが、あっという間に弓にはヒビが入り、力任せにクァールを振り払うと中心でパッキリと折れてしまう。
「ケイト!」
 その様子を目の当たりにしたキングはあわてて【COMM】を繋ぐ。
「こっちは親玉が出て来た、気をつけろ!」
『親玉〜?ってあ!アタシのところも出て来た!お互いあと少しだね!頑張ろ!』
 調子のいい返事だ。
 この通信機越しでいったいクラサメがどんな渋い顔をしているのかと考えると、マザーに胃薬をもらったほうがいいかもしれない、なんてキングは頭を悩ませた。





 結論から言えばミッションは成功した。
 無事にサイスたちは森を徘徊していたレッサークァールたちは排除したし、街中に潜んでいた獣たちも全て排除することができたようだ。洞窟では怒りに任せたケイトが転んで膝を擦りむいたり、シンクが自分の落としたバナナの皮で滑って盛大に打撲した以外に大したトラブルも起きず、報告書の上では完遂、Sランクだなんて文字列が並ぶのだろう。
 だが報告書の外ではCランク、或はDランクだとクラサメは告げた。
 班での役割分担ミス、行動の遅さ、無駄な時間が多い、ありとあらゆる指摘を投げかけたクラサメの表情はやはり感情の一切が籠っていないように見える。
 クラサメはそう言いながらも、解散して人の居なくなった0組教室を見回した。
 面倒くさがりのジャックの席には教科書とノートが積み上げられていて、シンクの席には飲みかけのジュースが放置されたまま。クイーンとトレイの席は完璧なまでに片付いているがエースの席にはチョコボの羽根が落ちている。
 説教を最初に回したのは失敗だったな、と最後まで残っていたケイトとナイン、そしてシンクを見、少しだけ表情を緩めた。
「随分と機嫌を悪くさせたようだな」
「べっつに。隊長の言ってることはあながち間違っちゃいないしね。でももーちょっと言い方ってもんがあるんじゃないの」
 そっぽを向いた彼女に苦笑しながらクラサメは穏やかな口調で続けた。
「確かに今回の作戦において諸君らには反省すべき点は多々見受けられた。…だが、各々の欠点がお互い見えて来た部分もあると思う。ナイン、お前が戦っていて素直に感じたことを言ってみろ」
「あぁ?」
「お前の戦い方は後衛からのフォローが必須だ。だが今回の編成では接近戦を得意とするメンバーばかりだっただろう?いつもと何か違うことを感じたはずだ」
「……言われてみりゃ、確かに大変だったぜコラァ。全員前に突っ込むと後ろが手薄になってよ、何回か冷や汗だったぞ」
「それはシンクちゃんも思った〜。いつもはデュースとか、ケイトが後ろから援護してくれるから気にならなかったけど、もーちょとわたし達は魔法を使えるようにならないとね〜って思いました〜」
「そういうことだ」
「どういうことだよ!」
 噛み付いたナインに苦笑し、教壇の上に置いていたノートをぱらぱらと捲る。
 随分と前から使い込まれているのであろう、上等なノートの表紙は汚れているし、中の紙もところどころ傷んでしまっている。
「それは?」
「作戦中、私が諸君らの働きを見ていて感じたことだ。ケイト。お前は銃をチャージしてからに隙が大きい。ナインは着地の直後、シンクは攻撃終了後。各々最も隙が大きい部分が目立っていたように見受けられる」
「またお説教〜?」
 そうじゃない、とクラサメはそのノートを閉じてしまうと待機していたトンベリに手渡した。
「隣で戦い合う諸君らでしか気づけない隙がお互いあるはずだ。デュースも言っていたが…それを見つけることで、作戦中孤立したり本陣からの連絡が途絶えた時にパニックになることなく行動できるはずだ。ただ指示に従って任務を遂行するだけではなく、それを見つけていくといい」
 話は以上だ、とノートを抱えたトンベリを促して教室から墓地へ抜ける廊下へと姿を消していく。
 てっきり反抗したことに対して更なる説教か補習でも食らうのかと思っていたケイトとナインは目を丸くし、シンクは首を傾げた。
「つまり〜隊長、こうなることが分かってたのかな〜。最初から言ってくれればいいのに〜」
「最初っから言ってもアタシ達が納得しないの分かってたんじゃないの。あーーーーーもう!むかつく!!!ナイン!シンク!リフレ行くよ!パフェ食べたい!」
「は?いやいやいやちょっと待てよなんでそうなるんだよコラァ!」
「むかつくっての!アイツ!文句言ったり愚痴言ったりしてるアタシら幼稚すぎるんだっつーの!あーもう!イライラするー!!!!」
 訳が分からない、とナインは首を傾げたが微笑みながら「いいよ〜」なんて言うシンクにほだされたのか、彼も大人しくぷりぷりと怒りながらドアを蹴り開けるケイトの後に続く。誰もいなくなった教室の机には先程のノートの切れ端であろう、小さなメモが一枚。
『金輪際シンクはバナナをミッションに持ち込まないように』
 クラサメらしい几帳面な文字で、しかし強い筆圧で書かれていた。






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